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インタビュー

Hilary Kole

今宵あなたのお部屋でふたたび

類まれなる美貌を持つこのマンハッタンの歌姫がわれわれの前に姿を現したのは1年前。ジョン・ピザレリがプロデューサーを務めたデビュー作『Haunted Heart(邦題:魅せられし心)』は彼女のピアニストとして芸達者ぶりもしっかりと伝える1枚だったが、このたびのセカンド・アルバム『ユー・アー・ゼア〜デュエッツ』で彼女は歌唱に専念。今回はピアニストとのデュエット集となった。1曲ごとにパートナーを変えるという趣向が凝らされているのだが、参加メンバーがため息ものの顔ぶれなのだ。ミシェル・ルグランにハンク・ジョーンズ、ケニー・バロン、スティーヴ・キューン、モンティ・アレキサンダー、そしてデイヴ・ブルーベックなど、いやはや、これはまさに……。

「ミラクルよね(笑)。実はスタートから完成まで4年間かかったの。昔ながらのジャズ・セッションっぽく作っていったんだけど、驚くほどラクで、ほとんどがワンテイクで終了。だって彼らは世界に名だたる巨匠だもの。私は音楽に集中するだけで良かったから。ただ出来上がっちゃった、というスピリチュアルな体験だったわ」

参加者のほとんどがすでに知り合いであったことも制作がスムーズに進んだ理由だという。さぞかし印象的なシーンも数多くみられたことだろう。

「そうねぇ……。ある日、ミシェル・ルグランが遅刻、ハンク・ジョーンズが早めに着いたことがあって。そこでどんなふうに指のエクササイズをするか、ふたりがピアノの前で見せ合っていた光景は感動的だった(笑)」

そんな感動的な体験の数々は、彼女のシンガーとしての成長を著しく促進させたようだ。パートナーたちの呼吸に寄り添いつつ、奏でられた音がどこにたどり着くのかを見極めながら、歌の持つ物語をより豊かに表現するよう務めているヒラリー。「どのセッションも大学院の授業みたいだった」と笑っていたが、努力の成果は、アルバムが持っている独特の統一感にも表れている。また、歌声が醸す親密感の度合いはデビュー作を軽く上回る。

「表現したかったのは、ピアノと声の密接な関係について。聴いていると、たったふたりだけがその部屋にいるような感覚になるはず。私はマイクに向かうとき、向こうにいる誰かひとりを想像するようにしているから」

この感覚は、彼女が敬愛するブロッサム・ディアリーの音楽が持つ性格そのもの。本作によって、偉大なる先達に一歩近づいた、と言っていいだろう。最後にシンガーとして常に心掛けていること、今後の目標を訊いた。

「音楽に対して忠実であること。それから〈私〉が音楽に対して邪魔にならないこと。つねに船のような存在でありたいと思っていて、歌詞やメロディーは私を通って運ばれていく。そうね、物語の語り部って表現が合っているかも。『ユー・アー・ゼア〜デュエッツ』は私の新しい扉を開いてくれた。今後もいろんな人と共演していきたいけど、今回よりも良いピアニストを探すことはとても大変よ(笑)」

掲載: 2010年05月20日 21:18

更新: 2010年05月20日 21:23

ソース: intoxicate vol.85 (2010年4月20日発行)

interview & text : 桑原シロー