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インタビュー

[インタヴュー]吉松隆

全139曲、大河の軌跡

毀誉褒貶にまみれながらも1年間を駆け抜けた『平清盛』。あれこれ話題の尽きない大河ドラマだったわけだが、悼尾を飾るのは、これ。なんと5枚組のサントラ・ボックスのリリースである。

吉松隆が担当した今回のサントラに関しては、既に『平清盛』『平清盛 其の二』と2枚のCDがリリースされているが、選集だったそれらに対し、今度は、録音した全トラックが網羅されている。書き下ろしのオリジナル曲に加え、今回のサントラ仕事のきっかけを作ったオケ版「タルカス」、「サイバーバード」や「五月の夢の歌」といった過去の吉松作品など、NHK制作陣の要望で新たに録音し直されたマテリアル、更には初音ミクを使ったデモ音源まで、実際にドラマで使用されなかったものもぶちこんだ大箱である。

「やっているうちに分量が多くなってきたので、第3集まで出すくらいならいっそのことボックスで全部出しちゃえってことになった。実際に書いたのは100曲前後だけど、ヴァージョン違いなどを含めると139曲になった。全編オーケストラでガッチリ作ったし。劇伴は普通はフルートやチェロのソロなどで間を埋めるようなことをやるんだけど、今回は最小編成でも15人くらいだから。お金を使ったという意味でも、NHKももったいないと思ったんじゃないかな(笑)」

まさに、吉松ワールドの集大成といった趣。作曲家冥利につきるというものだろう。

「過去に作っておいて使わなかった曲、邦楽ぽい曲、ロックぽい曲なんかも含めて、プロデューサーからこんなのが欲しいあんなのも欲しいと言われて全部引っ張り出された感じですよね。雅楽とオーケストラの共演とか、合唱使った曲とか。普段コンサートではできないことも、ドラマという場を借りて実現できたのは非常に面白かった」

でも同時に、疲労困憊ぶりも、過去に例がないほどだったようだ。

「だって、5枚組ってベートーヴェンの交響曲全集と同じくらいのボリュームでしょ。そんなものを1年間で書かされて。これまでやってきたことを全部吸い取られたという感じですね。間違いなく、寿命が数年縮まった。二度とはできない」

今年頭、放送が始まった頃の取材では、“プロの作曲家ではない者”としての矜持について語っていたが、そのあたりは貫徹できたのだろうか。

「プロっていろんな言い方があると思うわけで。プロは普通、かけそば一丁と注文されたら、コストも計算しながら、かけそばだけ出すわけでしょう。でも、いいそば粉が入ったし、かけそばだけじゃなくて、上にもなんか乗せたいよねとか…そういうのが、僕の言う“プロではない”という意味。500円しか出せないと言われても800円かかるものをついついやってしまい、それが全部こっちに跳ね返ってくる、みたいな(笑)。でもそれは、性分だから仕方ないんですよね」 

アンチ・プロのプライドをかけた壮大な仕事だった、と。

「うん。まあ、プライドというより先が読めてなかっただけで。プロは、そういうことをわかっているもんでしょう。そもそも、僕は劇伴専門でやっているわけじゃないし、演出家の考えもある。清盛がこういう時の音楽を書いて下さいという注文に素直に応じて書いても、少し違ってくるわけで。だから、ある時点で、注文は一切聞かない、こっちは思いつくことを好きに全部書くから、そっちで選んではめこんでくれと。そのかわり、50曲依頼されても70曲書いたりして」

しかし、そんな無軌道なエネルギーの噴出のかいあって、結果的にはいろんな点で満足しているという。

「過去にない形での音楽の提示の仕方ができたとは思う。ただそれは、演出家が斬新なことをしたわけでも、僕が斬新なことをしたわけでもなく、双方がまったくわけのわからない状況でぶつかって、その結果出たものなんでしょうね。それは非常に面白かった。ある意味、画期的だったと思う」 では、自分自身の最大の収穫は?

「一人で作曲すると自分の中の発想しか出てこないけど、人と一緒に仕事することによって自分以外の発想も可能になる。自分では書きたくないようなタイプの曲も来週までに何曲書いてくれなんて言われると、絞り出さなきゃいけないわけで。結果、自分の貯金が増えたような気もしてて。あと、実際に映像で観てみると、ここはちょっと違ったなと気づいたり、思いつきでやったところが意外に良かったり。いろんな発見がありましたね」

還暦を迎える来年に向けて、現在は、エッセイ風の自伝を執筆中だとか。

「こういう作曲家になってはいけないよ、みたいな本ですよ。結果的になんとかうまいこといったから良かったものの、作曲家としてやってはいけないことをすべてやってきた感じだし(笑)」

じゃあ、来年は、イエスのオケ版かな?

LIVE  INFORMATION
『吉松 隆 還暦コンサート 《鳥の響展》』
3/20(水・祝)15:00開演
会場:東京オペラシティ コンサートホール
出演:吉松隆(作曲)藤岡幸夫(指揮)舘野泉(P)須川展也(sax)田部京子(P)吉村七重(二十絃) 福川伸陽(hr)長谷川陽子(vc)小川典子(P)
【第1部】プレイアデス舞曲集より/ランダムバード変奏曲より(1985)/夢色モビールより(1993)/タピオラ幻景より(2004)/スパイラルバード組曲より(2011)/夢詠み(2012) 曲順未定
【第2部】鳥は静かに…(1998)/サイバーバード協奏曲(1994)/ドーリアン(1979)
【第3部】「平清盛」組曲(2012)/タルカス(2010)

http://www.japanarts.co.jp/

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2013年01月07日 17:00

ソース: intoxicate vol.101(2012年12月10日発行号)

取材・文 松山晋也