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インタビュー

Ashanti

ジャ・ルールと共演し、ジェニファー・ロペス曲のソングライティングにも関わっていた女性シンガーといえば? クリスティーナ・ミリアンという答えも正しいが、アシャンティと答えても正解だ。アーヴ・ゴッティが主宰するマーダー・インクから登場した歌姫。アシャンティ本人は「彼女はポップで、私はR&Bよ!」と主張するが、しかし、そんな対抗心を燃やす必要もないほど、いまの彼女はスゴい。なんたって、ジャ・ルールとの“Always On Time”、ファット・ジョーとの“What's Luv?”、そして自身のデビュー曲“Foolish”の3曲が、同時に全米チャートのトップ20に同時ランクインしているのだから。

「まさかこんなにいっぺんにチャート入りするなんて夢にも思わなかったわ。自分でも戸惑っているくらい」

 もともとはダンサー志望で、映画「マルコムX」にエキストラ出演したこともあるというアシャンティは、ロングアイランドの出身。歌好きの父親の影響でスタイリスティックスやデルフォニックス、ヒートウェイヴなどの曲に親しみ、歌手をめざすようになったという。

「14歳のときにジャイヴと契約したんだけど、うまくいかなかったの。それで今度はヌーンタイムと契約したんだけどそれもダメで、最後がマーダー・インクだったってわけ。もちろんいまではファミリーよ」

 アルバムの楽曲はジャ・ルールとのツアー中に出来上がったようで、まさにファミリー総出のバックアップ体制が敷かれている。

「メロディーは私が思いついて、アーヴやチンク、セヴンが作ったビートに歌詞をつけていったの。アーヴは完璧主義で私の限界まで求めてきた。チャレンジだったわ」

 前述の“Foolish”ではデバージ“Stay With Me”をネタ使いし、そのリミックス版“Unfoolish”では故ノトーリアスBIGの声を挿入して、まるで彼の“One More Chance /Stay With Me”を彷彿とさせるような楽曲に仕上げている。ここらあたり、90年代半ばの東海岸ヒップホップ/R&Bを愛聴していた人には懐かしく聴こえるのだろうが、彼女の歌唱スタイルがこれまたあの頃のメアリーJ・ブライジを思わせるのだ。

「もちろんメアリーには影響を受けているわ。私だけじゃなくて、いまの女の子たちはみんなそうだと思うの。彼女がデビューした92年頃ってヒップホップのビートでR&Bを歌うなんてとても新鮮だった。私はスロウなバラードだけを歌いたくない、でもラッパーになろうとも思っていなくて……その答えを出してくれたのがメアリーだったの。これなら私にもできるって! ホットなビートと実生活での体験をリアルに描いた歌詞とのコンビネーションは、かなりユニークなはずよ」

“Foolish”に対しての“Unfoolish”というのも興味深いが、その真意はこうだ。

「“Foolish”では、いい加減な男に惚れた女性が自分で〈バカみたい〉って思ってても、情があるから喧嘩しても最後には彼のもとに戻っていく。それが“Unfoolish”では、〈もうこんな嘘つき男はウンザリ〉って別れを決心するの。強い女になってるのね」

 ところで、〈アシャンティ〉という名前だが、これはガーナの部族とも少なからず関係があるという。

「そう、彼らは女性を尊重するカルチャーを持った部族なのよね。それにアシャンティっていう名の王妃もいたし、そういう意味が込められているんだと思うわ。でも、私が〈プリンセス・オブ・ヒップホップR&B〉と呼ばれているのは、ただの偶然よ」

 なるほど、ヒップホップR&Bのプリンセス。と、先にこの世を去ったひとりのプリンセスについても彼女は語った。

「アリーヤと私って、なにか繋がりがあるんじゃないかって思うことがあるの。だって2人ともジャイヴと契約したことがあるし、服装だってバギー・ジーンズにぴったりしたトップを着てたりとか、共通するものを感じるわ」

 本当にアリーヤの存在を継いでほしいと思う。そうなれるだけのスキルと美貌を彼女は持っているのだから。
    

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2002年04月25日 12:00

更新: 2003年03月07日 18:24

ソース: 『bounce』 231号(2002/4/25)

文/林 剛

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