坂本龍一
平和ってなんだ? そう社会に、そして自分自身に問いかけ続けてきた最近の坂本龍一。彼はアフリカでひとつの可能性を見い出した……
アメリカ同時多発テロ――〈9.11〉以降、さらなる社会的アクションを積極的におこなっている坂本龍一。〈なぜ人は殺し合うのか?〉――この疑問への答えを探しにアフリカを訪れた記録として、音楽と映像と文章によるDVDブック「ELEPHANTISM」を発表した彼に訊いてみた。
「〈9.11〉以降ね、音楽のない、音楽を受け付けられない精神状態になって。戦いのほうが音楽を否定し追い出してしまうので、でもそっちのほうがおかしいじゃないかって。ちょっとピュアすぎるんですけど(笑)」。
――アフガンへの報復爆撃に対して、〈爆撃がありました〉〈誤爆しました〉とかいう情報しかなく、途中から全くなくなってしまった。なんとなく薄々とはわかっていたんですが、現実のワールド・オーダーというものが表面化されました。
「実は〈9.11〉の前からそうなってたのに、ぼくたちも気がついてなかったし見えてなかったのが一皮めくれたっていうか、姿を現した。アフガンへの報復爆撃も〈9.11〉のテロリストがやったのと同じようなことをアメリカがアフガンの市民にやっていて、〈なんでなんで?????????〉って〈?〉がいっぱい出ちゃう。しかも〈世界の誰も止めに入らないの????????〉と〈?〉がまた続いてしまう状態なんですよね。それで、〈9.11〉の犠牲者よりもアフガンの犠牲者のほうが多いわけじゃないですか。それを誰も非難しないし問わないでしょ。〈こんなこと許されるの?〉って感じでした」。
豪華な装丁も美しいDVDブック「ELEPHANTISM」(木楽社)
――この「ELEPHANTISM」で観られるアフリカの豊潤な自然環境――その広大さや美しさなどによって、観る人間の無意識の部分でも変化が起きると思いました。アフリカの魅力・印象はどういったものでしょうか?
「最初、生まれて初めてサバンナという高原に立ったとき、風景や音、というか静寂、全てにおいて懐かしいところに帰ってきたという感じがしたんですよね。理屈でいえば、人類が生まれたところをDNAが覚えていて喜んでいる、とでも言うしかない。あと僕なんかは都会の人間なんですけど、あまり都会から刺激を受けることはなくて、人間の作ったものがほとんどないようなところにポンと立ったときに、どこを見ても刺激的なんですよ。植物、鳥、昆虫もすごい種類で地形そのものも刺激的で、それがそういった自然を作ってそこから人間が生まれてきたっていう。いわば地形の地質学的変化が人間の母なんですよ。で、象みたいな動物がいて人間の何十倍もその自然のなかで生きてきて、人間がゆっくり変化/進化していくのを何も言わずに見守ってきたんだなあってね」。
――野性の象と直接触れ合って何を感じましたか?
「何度かアフリカには行ってるんですけど、今回は長いあいだ象を研究している人といっしょに行って、いろいろ象の話を聞かせてもらって。本当にびっくりするようなね、象の知性というか。例えば、何年製とか車の型まで覚えているとかね、前に近寄りすぎた車に対し警戒心を持ったら、その色・形、ひとりひとり乗ってた人間のことまではっきりと覚えている。あと、10オクターヴぐらいの広い音域で言葉があって、人間の耳に聞こえない低周波も使ってお互いコミュニケーションしているっていう。そういう話を聞いて象を見ると特別な感慨があった」。
左から、DVDブック「ELEPHANTISM」のサントラ『ELEPHANTISM』、NHKスペシャルの番組用に制作されたサントラ『変革の世紀』(共にワーナー)
――マサイの小学校に行ってピアノを弾くシーンがとても印象的でした。
「彼らにとって音楽というのは常に牛のための音楽だったり、戦いのための音楽だったり、結婚式のための音楽だったり、社会的な機能、役割として切り離せないものなんですよ。そこで“戦場のメリークリスマス”を弾いたときに〈これなんの歌なんですか?〉って逆に訊かれて、その質問自体すごい深いって思った。〈戦メリ〉は牛の歌でもないし、結婚式の歌でもないし、〈これはこういう音楽だ〉って説明する言葉をぼくは持ってなかったのがおもしろいなあって……」。
坂本がアフリカで発見/気付いたことがいっぱい詰まったこの「ELEPHANTISM」。音楽・映像・文章そのどれもに、われわれが共感すべき彼が感じたフレッシュな驚きと美しさが満ち溢れている。
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カテゴリ : インタビューファイル
掲載: 2002年06月13日 11:00
更新: 2003年02月13日 12:37
ソース: 『bounce』 232号(2002/5/25)
文/ダイサク・ジョビン