インタビュー

スパンク・ハッピー

世界で一番踊れないダンス・ミュージック。そんな語義矛盾がこのうえなく甘美な響きになるとき──〈80年代〉を素材に、岩澤瞳と菊地成孔の男女が鳴らす最高にクールなエレクトリック・ポップが世界に流れ出した!


 近年、ポスト〈エレクトリック・マイルス〉を指向した11人編成のジャズ・ファンク・バンド、デートコースペンタゴンロイヤルガーデン(以下DCPRG)やアーティフィシャル・ファンク・ユニット、TOKYO ZAWINUL BACH(東京ザヴィヌルバッハ)で精力的な活動を行っている菊地成孔。その彼が第三のユニットとして、ヴォーカルの岩澤瞳と(再)始動させたSPANK HAPPYのファースト・アルバム『Computer House of Mode』は、YMOやニュー・オーダーを思い出さずにはいられないクールなエレクトロニック・ポップを聴かせてくれる、そんな作品である。しかし、サックス奏者にしてアレンジャー、そして、作詞や文筆も手がけるハイパー・アクティヴな彼が、ここでは一転して、美しい倦怠感に包まれている……。

「だって、私、体力ないし……」(岩澤)。

「(笑)あと、ドカーンと踊れるものは世間的にいくらでもあるし、いまはハード・ダンスかチルアウトかって感じじゃないですか。だから、SPANK HAPPYはその中間のあんまり体が動かなくて、汗かかないような、ぬるいものになればいいな、と。だからTommy february6にはヤラれたと思った。ただ、彼女が売れたことで、こういうマーケットもあるんじゃんって勇気付けられはしましたよ(笑)」(菊地)。

 アレンジャーにキャプテン・ファンクことオオエタツヤやパードン木村、ニール&イライザの堀江博久らを迎えた楽曲はモノクローム・セット“EINE SYMPHONIE DES GRAUENS”のカヴァーをはじめ、確かに80年代カルチャーの意匠をリコンストラクトしたモードにあるという意味において、Tommy february6の作風は近くもある。しかし、彼女とSPANK HAPPYの決定的な違いは、本作の資料として1万字を越える解説文を添付するほどに過剰な思考の持ち主である彼と、脱力を通り越して退廃的でもある岩澤嬢という音楽的に断絶した二人がいっしょにいるということにある。その点に関しては〈ディスコミュニケーション〉という80年代の頻出語が思い浮かぶのだが……。

「90年代っていうのはコンセンサスの時代で、同じ音楽的趣味と音楽的教養を共有して、聴いてるレコードも同じで、趣味とか服装、行く店も同じ人たちが集まって、イイ感じでやる時代だったと思うんですよ。でも簡単に言ってしまえば、それは僕の趣味じゃないっていうだけです(笑)。それは、多かれ少なかれ、DCPRGにしたって同じことだし」(菊地)。

 では、彼らをつなぐものは何なのか?

「最初から理解し合うっていうことを投げてるとしても、じゃあ、理解ができなければ、何もできないのか?っていうと、そんなことはなくて、いつまでもお互いがミステリアスで何を考えているのかわからないけど、だからこそ、ドキドキしながら男女がいっしょにいるっていうことがいちばん濃密な時間だと思うんですよ。確かに絶望は存在すると思うけど、仮に戦争が起こったり、どんな不景気が来ようと、恋愛とセックスがあれば大丈夫に決まってるって半ば真剣に思ってますから、僕は基本的に楽天的ですけどね」(菊地)。

 そういえば、本作の冒頭を飾る“French Kiss”はリル・ルイス&ザ・ワールドによるハウス・クラシックとタイトルを同じくしているが、彼のこの発言はゲイ・カルチャーを中心に、抑圧からの刹那的な逃避手段としても発展を遂げてきたハウス・ミュージックの歴史を想起させるし、刹那的であっても美しい瞬間を紡ぎ続けていこうというスタンスは亡きピチカート・ファイヴの意志を受け継いでいるとも……。螺旋を描いて、収縮しつつある時代であるだけに、彼らの音楽が街角から大音量で流れるといいなと思う。

「不況はいつ終わるんですかねぇ」(岩澤)。

「まだまだ続くんじゃない?」(菊地)。

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掲載: 2002年08月29日 16:00

更新: 2003年02月10日 13:09

ソース: 『bounce』 235号(2002/8/25)

文/小野田 雄