M.WARD
新時代の到来を優しく告げるM・ウォードの新作『Transistor Radio』。そこから聞こえてくるのは、郷愁を誘うタイムレスなメロディーだ!!
ジョアンナ・ニューサムやデヴェンドラ・バンハートなど、ローカル・シーンから登場してきた新世代のUSシンガー・ソングライターたち。そんななかで、カリフォルニアを振り出しに、シカゴ、シアトル、そしてまたカリフォルニアと、アメリカ各地を歌で繋ぎ合わせるように活動してきたのがM・ウォードことマット・ウォードだ。2004年の11月には初来日も果たし、微睡むような、煌めくようなフィンガー・ピッキング・ギターを聴かせてくれたマットの最新作、そのタイトルは『Transistor Radio』。
「このアルバムは、僕が小さかった頃に聴いていたラジオからインスパイアされたんだ。大切にしていたそのラジオから、いろんな音楽を発見していったときの気持ちを思い出して表現してみた。ミュージシャンならいつも振り返るものがいくつかあると思うんだけど、ラジオでいろんな音楽に出会ったことが僕にとってのそれなのさ」。
まだレコード・ショップのドアさえくぐったこともない子供にとって、ラジオは世界に向けて開かれた小さな窓のようなもの。マット少年はその窓の向こうに、いくつもの美しい影=メロディーが浮かんでは消えるのを息をひそめて見つめていたに違いない。
「そう、このアルバムでカヴァーした曲は、すべて子供のときにラジオで聴いてインスパイアされたものばかりさ。母親はクラシックが好きで、父親はカントリーの大ファン。だからそういった音楽も、ラジオでよく聴いたんだ。そういう意味で今回のカヴァー・ソングは、もう一度、子供時代を聴き直してみようっていう試みでもあるんだ。12、3歳くらいの、なにもかもがまだシンプルだった時代に戻って聴き直してみようって」。
だからといって、本作が懐古趣味から生まれたセピア色のアルバムだと思ったら大間違い。それぞれのカヴァー曲は、マット・ウォードというアーティスト個人にしか持ちえない記憶や印象にたっぷり浸されて、まったく新しい感触をまとって立ち現れている。たとえばビーチ・ボーイズ“You Still Believe In Me”。アコースティック・ギターの爪弾きは、最初メロディーを手探るようにゆっくりとした螺旋を描き、やがてそれはマットが掴んだ曲のエッセンスに辿り着いたとたんに、フワッとほどけて、誰もが知っているあのサビのフレーズを形作る。そこに至るまでの間、リスナーはマットの夢のなかを散歩しているような、不思議な気分になるだろう。オリジナル曲にしてもそれは同じこと。ここに収録されたナンバーはすべて、マットが感じた束の間の幻影なのだ。
「音楽のなかで誰かが夢を見ているような、そんな感じを与えられるとしたら、それは素晴らしいことじゃないかな。それはすごく楽しい表現の仕方だと思う。僕が好きな音楽、たとえばクラシックならバッハを聴いていると、自分が誰かの、あるいは自分自身の夢のなかにいるような感じを与えてくれる。映画ならデヴィッド・リンチの作品とかね。君がそういうふうに感じてくれて、とても嬉しいな」。
PJハーヴェイ作品でもお馴染みのジョン・パリッシュやポスタル・サーヴィスのジェニー・ルイス。そして、ハウ・ゲルブやヴィク・チェスナットなど、これまでになく多彩なゲストを迎え、より深いサウンドスケープを生み出した本作。サウンドをミックスする際には「やり過ぎなくらい、あらゆるところに気を付ける」マットが、その音作りに求めるもの。それは「〈カオス〉かな。葉っぱや木の形ひとつをとっても、数学や計算では答えが出せない何かがあると思うし、僕にとって素晴らしい音楽が伝えようとしていることが、まさに〈カオス〉にあると思っているんだ」と語る。もしかしたら、その混沌に美しい調和をもたらしているのが、彼の囁くような歌声なのかもしれない。
最後に本作が生まれるきっかけとなったラジオの、その後の消息について訊ねてみると、こんな答えが……。
「多分、ヨセミテの湿原でなくしたと思うんだ。そこでなくした記憶っていうのが鮮明に残ってて……。だから僕の頭のなかには、そのラジオが、いまでもなくしたその場所で、音楽を流し続けているイメージがあるんだ。すごく子供っぽくて、ナイーヴで、ありえない想像なんだけどね。でも僕があの当時聴いていたような音楽を、そのラジオがいまでも流し続けているような、そんな気がしてならないんだよ」。
きっと、そのラジオの代わりにマットはこうして歌っているに違いない。だからこそその歌声は、こんなにも甘く切ないのだ。
▼M・ウォードのアルバムを紹介。
カテゴリ : インタビューファイル
掲載: 2005年02月03日 12:00
更新: 2005年02月03日 18:19
ソース: 『bounce』 261号(2004/12/25)
文/村尾 泰郎