Eric Benet
自分自身に忠実に──かつてそう歌った男が、破れた心を抱きしめて帰ってきた。裸の感情を珠玉のメロディーに乗せて贈る、エリック・ベネイのソウルを聴け!!
かつて〈エリック・ベネイ夫人〉と呼ばれた女優のハル・ベリーがオスカーを獲得し、一転してエリックは〈ハルの夫〉と呼ばれることに。そして、日本でも〈ハル・ベリー離婚!〉と報じられた破局を経て、〈ハルの旦那〉じゃなくなったエリックがようやく沈黙を破ることとなった。
「『True To Myself』は〈自己流で表現した70年代ソウルへのオマージュ〉だね。『A Day In My Life』は……そうだな、〈あまりに強烈で頭から離れない音楽〉かな」と自身の傑作を振り返る彼。同様に、実に6年のブランクを経て登場したサード・アルバム『Hurricane』を定義づければ〈フォーキー・ソウルフル・ヒーリング・レコード〉になるのだという。
「今作の制作プロセスは、僕にとってのヒーリング・プロセスでもあったんだ。離婚もしたし、メディアにあれこれ報道もされて、評判もガタ落ちになって、ドン底にいるような気分になってしまったんだよ。まるでハリケーンが僕の人生にやってきて、すべてを巻き込んでさらっていってしまった、そんな気持ちだったんだ。でも、例えば災害を〈その前より素晴らしいものをゼロから作り上げるチャンス〉だと捉えることもできる。あくまでもメタファーだけど……この『Hurricane』は、身体中が血だらけになっていても力を振り絞って人生をやり直そうとする、美しくも苦しいプロセスなんだよ」。
そうしたプライヴェートの問題もさることながら、彼の〈沈黙〉はアルバム1枚がレーベルの意向によってお蔵入りになるという出来事も重なっての産物だったようだ。
「2002年頃にはアルバムを完成させていたんだけど、〈R&Bの要素が足りない〉という理由でレーベル的にはNGだったみたいでね。自分の血と汗と涙、そしてハードワークの結晶なのに、完成したらノーと言われてしまったわけだから……辛かったね。落ち込んだよ。そして、2年前にデヴィッド・フォスターに出会った。彼の家に行って、こういうアルバムを作りたい、こういうサウンドでやりたい、っていう話をしたんだ。そうしたら彼は〈君が言わんとすることはわかるよ。スタジオでいっしょに曲を作ってみたら、もっと理解できると思う〉って言ってくれてね。嬉しくてしょうがなかったよ。だって、僕は15歳の頃からデヴィッドがクレジットされている作品は残らず聴いて、アレンジなどを勉強してたんだから。どれだけ興奮したかわかるだろ?」。
そう、意外にも今回の『Hurricane』でメイン・プロデューサーに起用されているのは、MOR~ポップス界の超大御所で、最近だとマイケル・ブーブレやジョシュ・グローバンらを手掛けるデヴィッド・フォスター。とはいえ、「最高だったのは、彼が僕にすべてのディレクションを任せてくれたことさ。制約もなく、〈君自身の感じる音楽を表現してみよう〉って言ってくれたしね」と話しているように、温かみのあるアコースティックな音像や力強くもジェントルなヴォーカルからは、エリックならではの色合いがくっきり浮かび上がってくる。
「いま流行っているサウンドと比べれば、オルタナティヴな要素が多く入っていると思うよ。アコースティックでライヴ感があって、ヴォーカルはソウルフル。リリックの内容はインスピレーショナルで、僕自身が経験してきたことを赤裸々に語ってるっていう……どのジャンルにも当てはまらないような作品なんだよね」。
デヴィッド以外にもウォルター・アファナシエフ、さらにはデビュー以来の盟友であるディモンテ・ポージーとジョージ・ナッシュJrも参加している。冒頭の“Be Myself Again”から連想したのは、ベイビーフェイスの“Fire”、かつてのトニー・リッチ、それにトミー・シムズやデヴィッド・アンソニーあたりの楽曲に通底するカントリー的な肌合いだ。ただ、おせっかいを承知で言えば、従来のファンが戸惑うかも?という心配はなかったのだろうか?
「もちろん、それは頭をかすめたよ。でも、実際にこれまでも成功した曲やみんなが好きだと言ってくれる曲は僕がR&Bモードを意識しないで、やりたいことを思いきりやった時の曲でもあるんだよね。それに、自分が正直に書いた曲であれば、ファンはきっと楽しんでくれるはずだって確信を持つことができたよ」。
嵐の後には晴れ間が射すものだ。
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