インタビュー

VASHTI BUNYAN 新世代アーティストから絶大なリスペクトを受けるアシッド・フォーク界の女神が、35年ぶりに封印を解き放つ!

 のちにブリティッシュ・フォーク・ファンの間で伝説的カルト名盤と称されることになる70年作『Just Another Diamond Day』をリリ-ス後、シ-ンから突然姿を消したヴァシュティ・バニアン。そんな彼女から35年ぶりに届けられた新作『Lookaftering』は、『Just Another Diamond Day』が密封していた空気感をそのまま現代に蘇らせたような、淡く柔らかく優しく繊細で、息を呑むほど美しい珠玉の逸品に仕上がっている。基本はアコースティック・ギターとピアノ、そして憂いを帯びたヴォーカルで構成されている。曲によってはストリングス、オーボエ、ハープ、フレンチ・ホルンなどの楽器も使用されているが、全体を覆うクワイエットな色調に乱れは一切なく、奇跡的なほど無垢な音世界がここにはある。そして、35年ぶりにふたたびシーンに姿を現わした彼女もまた、穏やかでイノセントな魅力に満ちた女性だった。

「以前は田舎で馬の世話をしたり、家具を作ったり、花や野菜を育てたりしていたの。13年前に都会に戻ってからは、子供たちが大人になるまでいっしょに過ごしたわ。で、忘れてしまっていた『Just Another Diamond Day』がリイシューされてから、音楽家としての自分を懐かしく思い始めたのよ。久しぶりにギターを手に取ってみたら、曲が浮かんできたわ。この数十年まったくそんなことなかったのにね」。

 そうした35年の間に積み重ねられた経験や感情は、果たして新しい作品にどう反映されているのだろうか。

「凄く影響を受けているわ。物語や夢を取り上げていた前作は私の感情を表現したものではなかったけど、今回は私の現実の人生、そしてそれを振り返って感じたことをテーマにしているの」。

 では、そうした自身の音楽性について彼女はどのような思いを抱いているのだろう。

「自分が頭で考えていることを歌ってるの。音楽は私をどこか違う世界、現実に悩まされることのない場所へと連れていってくれる。でもリスナーは必ずしもどこか違う場所へ連れていかれたいとは思ってないわよね。だからこの作品を聴くには、気分も大切だし、静かなところでスロウダウンしなければならないかも」。

 いやいや、あなたのファンはあなたと共に素敵な異世界へ旅したいと願っているはず! その証拠に、今作にはデヴェンドラ・バンハート、アダム・ピアーズ、ジョアンナ・ニューサムといったヴァシュティを敬愛して止まない次世代ア-ティストたちが多く参加しているのだが、誰もが彼女の音世界に自然に溶け込んでいる。

「あんなに才能があってユニークな人たちと共演できたことを誇りに思っているの。私はずっと忘れられていることに慣れていたから、みんなにリスペクトされているって聞くと不思議な気分になってしまうけど、本当に嬉しいわ」。

 そうした若手の参加からもわかるとおり、現在注目を集めているフリー・フォーク・ムーヴメントにもシンクロする彼女の簡素にして豊潤な音楽に、いまこそ触れてほしい。確実に〈どこか別の場所〉へ行けるはずだ。

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2005年11月04日 12:00

更新: 2005年11月04日 18:00

ソース: 『bounce』 270号(2005/10/25)

文/北爪 啓之

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