おおはた雄一
鮮やかながらも滋味深いギター・プレイと素朴な歌声で、さまざまな風景を描くさすらいのギターマン。穏やかな時間を与えてくれる新作が完成!
ワイゼンボーンという楽器をご存知だろうか? ハワイアン・ミュージックのスライド奏法用に開発されたギターだ。いまではブルーグラス、カントリーなどでも使用される(日本ではムード歌謡で大活躍した)代物で、柔らかく伸びのある音色が特長だ。おおはた雄一は、そのワイゼンボーンを使った弾き語りの名手として知られるアーティストである。のだけれども、彼のことをそんな文脈で説明してもここではあまり意味がない。
「自分がどういう位置にいるかとか、どう見られたいとか、考えたことがないんです。〈こういう人に向けて〉みたいに狙って音楽をやることもない。(何かを)強要されることなく、自分の感性で自然にやっていきたい」。
そう語る彼のニュー・アルバム『ふたつの朝』は、まさしく〈自然〉に制作されたアルバムである。アルゼンチンのパーカッショニスト=ハミロ・厶ソット、フランスのアコーディオニスト=マルセル・ロフラー、坂田学、高田漣、伊藤大地(SAKEROCK)から持田香織(Every Little Thing)まで、幅の広すぎるゲストを迎えて制作されたものでありながら、そこには他意や戦略などは皆無であると言ってもよい。極端な話をすれば、楽器に関する知識、参加ゲストに関する知識、彼がルーツとしてきたブルースやフォークといった音楽の知識……このアルバムを再生する際についてまわるであろうそれらの知識は、彼の音楽を楽しむために必ずしも必要とされるわけではない。彼が音楽を生み出す姿勢と同じように、その音楽もまた、聴くものに何かを強要する種類のものではないのだ。
「昔のブルースって、1番2番があって、そこに後世の人が3番を書き足して、さらに他の人が……みたいなことがたくさんあった。そういうのがいまあってもいいと思うんです。前作の『ラグタイム』に入っている“おだやかな暮らし”をクラムボンの(原田)郁子ちゃんがカヴァーしたときに、歌詞が足されていて。それを聴いたときにはグッときましたね。だから、このアルバムもこれで完成というわけではなくて、誰かが新しい解釈で歌詞を足して歌ってくれてもいい」。
アルバムには、先述のゲストを含む8人のアーティストが各楽曲ごとに参加し、それぞれが豊かな彩色を施している。おおはたのアコギにもうひとつの音色が寄り添うような共演もあれば、楽器同士が間を探り合うような緊張感漂うセッションも収められている。それらに支えられて、呟くように吐き出された彼の歌は、シンガー・ソングライター然とした素朴さやレイドバック感が入り交じり、過去のものとも現代のものともつかないような不思議な感覚を呼び起こしてくれる。斉藤和義、クラムボン、今野英明、Caravan、湯川潮音などなど、アーティストに数多くの支持者がいるのも納得できる話だ。
「一曲一曲をデュオでやりたいと思っていたんです。坂田さんなんかは、最近のエレクトロニクスを用いたソロが好きだったから、いまの方向性でいっしょにやってみたいと思って。持田さんに関しては〈どうして?〉って思う人もいるだろうけど、自分のなかではニュートラルな感じだったんです。結果的に、従来の彼女のイメージとは違うものが出てきたと思う。ゲストといっしょにやるからには、〈ただ参加する〉以上のものを作れたらいいな」。
彼にとって本作は、いくつもある到達点のうちのひとつでしかないのだろう。年間100本を余裕で超える、文字どおりの〈ライフワーク〉であるライヴを重ねるたびに、ここに収録されている曲がまた新たな生命を宿すことも大いに考えられる。「完成されたものよりは、ドキュメンタリーや経過に魅力を感じる」と語るだけあり、彼はいつまでも〈経過〉を魅力的に描いて見せてくれるはずだ。
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