インタビュー

土岐麻子

誰のものでもない、〈土岐麻子印〉のアルバムがついに完成! ここで彼女がとことんこだわった〈シティー・ポップ感〉とは何だったのか?


  今回のニュー・アルバム『TALKIN'』がリリースされる1か月ちょっと前の話。土岐麻子が自身のブログで、〈「やっとここに辿り着けた」という不思議な安堵感でいっぱい〉と綴っている。このように、本作は彼女自身にとって〈待望の〉と言える内容だ。それは、ジャズのテイストが色濃い2005年のオリジナル・アルバム『Debut』以外は、これまで〈STANDARDS ~土岐麻子ジャズを歌う~〉シリーズ3部作をはじめとするカヴァー・アルバムを発表してきた彼女に対して、リスナーが抱きはじめていたであろう〈土岐麻子=カヴァーの人〉といったイメージを覆すには十分なオリジナル・アルバムであることを意味している。

「(ソロ・デビュー作となった)『STANDARDS ~土岐麻子ジャズを歌う~』は、まずは私の声を知ってほしいという思いから、ルーツとするジャズのカヴァーから始めて、そこから私の中にあるポップス志向を作品ごとに伝えていきたかったんです。なので、最終的にポップなアルバムに行き着くまでどういうアイテムを出していけば良いのか、2~3作先のことを考えて作っていて。そして前作のカヴァー・アルバム『WEEKEND SHUFFLE』で私のポップ性が完全に開けたんです」。

 彼女がこれまで徐々に見せてきたそのポップ性の背景となっているのは、本作のキーワードでもある〈シティー・ポップ〉。山下達郎や吉田美奈子など70年代中盤~80年代中盤に全盛を迎えたAOR~フュージョンを源流としたウェルメイドなポップスだ。さて、このアルバムで彼女はいったい何を求めたのだろう?

「〈土岐流シティー・ポップ2007〉がテーマなんですけど、このシティー・ポップは音楽ジャンルとして使っているわけじゃないんです。その当時シティー・ポップと呼ばれたアーティストたちも、サウンド的には幅がありましたよね。でも彼らにはドリーミーでありつつ、現実をシニカルな視点で見る一貫した姿勢があったと思うんです。共通する〈粋〉な感じがあると思って。だから、今回は私が粋だと思うものを作りました。でも、そういう感覚って人に説明しづらいので、説明のいらないであろう共通言語を持った同世代の人たちと作りたかったんです」。

 かくして、土岐麻子が提唱した概念〈シティー・ポップ=粋〉な世界を実現すべく集まったのは、NONA REEVESや川口大輔、toe、グディングス・リナ、いしわたり淳治といったミュージシャン。同じ時代の息吹を体感してきた彼らならではの共通した感覚を基に、洗練されたポップソングが作り上げられている。また、この〈粋〉を象徴するものとして、本作には52年に江利チエミがアメリカのシンガー、ローズマリー・クルーニーのヒット曲“Come On-A My House”の詞を翻訳して歌った〈カモンナ・マイ・ハウス〉のカヴァーが収録されている。

「江利さんのヴァージョンを最初に聴いたときに、粋だな~と思ったんです。歌詞をわかりやすい日本語に翻訳して、元の英語とミックスして大ヒットした。誰もがわかるように、楽しめるように作ってあるんですよね」。

 エキゾティックな趣と昭和歌謡の中間を行く味付けが成されたこの曲は、もちろん先述のシティー・ポップとは別物だ。しかしここで彼女がカヴァーした理由は、本作でめざした〈粋〉の感覚のひとつ、江利チエミの持つ開けた精神性を受け継ぎたい気持ちがあったからではないだろうか。この言葉を聞いて、そう感じずにはいられなかった。

「Cymbalsで活動していたときは、わかってくれる人にわかってもらえれば良いと思ってたけど、いまはそうじゃない。やっぱり多くの人に聴かれないと歌っている意味がないんですよ。このアルバムは、いまの私の集大成と言っても良いと思います」。

▼『TALKIN'』に参加したアーティストの作品を紹介。

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掲載: 2007年12月13日 20:00

ソース: 『bounce』 293号(2007/11/25)

文/ヤング係長