中山うり
いっそう多彩になったサウンドに乗せて、彼女のリアルな感情が迸る新作。どの世代にも響く〈新しい大衆歌〉がここにはある
初めての全国ツアー、2度目の〈フジロック〉出演――セカンド・ミニ・アルバム『エトランゼ』のリリース以降、パフォーマーとしての魅力に磨きを掛けてきた中山うりから、初のフル・アルバム『ケセラ Que Sera』が届けられた。彼女自身もアレンジに積極的に参加し、スカやタンゴ、ミュゼットからさまざまなフォークロア音楽までを混ぜ合わせたサウンド(彼女はそれを「雑穀米みたい」と表現する)がよりカラフルに広がり、その独創性をわかりやすく示すことに成功している。
「いままでは、歌えればそれでいいってところが少しあったんだけど、制作を重ねるうちにいろんなことが見えるようになってきて、今回のレコーディングでは細かいところにまで凝りました。自分の楽器もひとつ増えたので(アコーディオン、トランペットに加え、本作ではポストホルンを演奏)大変なこともあったけど、長く聴いても飽きない作品ができたんじゃないかなって……自己満足してます(笑)」。
「変化していく中山うりを、もっと発掘してみたかった」という彼女。その意欲はソングライティングや歌詞にも強く反映されている。〈連絡が途切れてしまっていた女友達と酒場で再会する〉という設定が聴き手の想像力を刺激する“マルガリータ”、〈ずっと歌っていきたい〉という気持ちをまっすぐに描き出した“歌を忘れたあなたへ”――これまでは「現実とは違う、ファンタジーの世界を歌っていきたい」と語っていた彼女だが、今回は〈生身の中山うり〉をあからさまに表現している。
「まず、メロディーが変わってきたんです。いままでは淡い色彩のメロディーが多かったんだけど、最近はもっと原色に近い、聴き手に訴えかけるようなものが出てくるようになってきた。そうすると、〈それに適う歌詞を書くべきだな〉って思うようになったんですよね。ファンタスティックでも異国情緒でもなく、自分が笑ったり泣いたり傷ついたりしているところもできるだけ表現していきたいなって。そういう意味では、一皮剥けたのかもしれないですね」。
こうして『ケセラ Que Sera』というタイトルどおり、〈大丈夫、何とかなるよ〉という楽観的な空気が封じ込められた作品が出来上がった。それはもちろん、彼女自身のキャラクターともしっかり重なっている。
「いろいろありながらも、最終的には時間が解決してくれるというか、〈いつかは晴れるでしょう〉っていう内容が多くなりましたね。〈ケセラセラ〉という言葉は歌詞のなかにも出てくる(“つぎの駅はパラダイス”における〈先のことはケセラセラ/きっとうまくいくよ〉)んですけど、私も基本、そういう体質なんですよ。もちろん落ち込んだりもするけど、そこまでくよくよ悩まないというか。そういう考え方って意外と大事だと思うし、このアルバムを聴くことでちょっと肩の力が抜けた、なんて感じてもらえたら嬉しいですね。私自身も音楽で救われたことは多々あるので」。
そしてもうひとつ、彼女のシンガーとしての成長にも触れておきたい。これまで以上にしっかりと抑制を効かせた低音を中心にしながら、濃密なノスタルジアを映し出していく彼女のヴォーカル。そのより豊潤となった響きこそが、このアルバムの魅力であると言っても過言ではないだろう。
「一般的には〈高い声で歌い上げる〉っていうのがウケると思うんですよ。でも、私はそういうタイプではないし、そもそも向いてない。無理しないで自分の良いところを活かしていこうって思ってますね、いまは。最近ようやく(シンガーとしての)自分の居場所が見つかった気がします」。
ボーダレス/無国籍な手触りを残しながら、日本的な情緒もたっぷり。『ケセラ Que Sera』に収録された楽曲が、多くのリスナーに〈新しい大衆歌〉として受け入れらることを切に願う。
「昔の歌謡曲みたいに、小さい子供からお年寄りまでが口ずさめる曲っていいですよね。売れるとか売れないってことではなく、そういうものをめざしたいっていう気持ちがあります」。
▼中山うりの楽曲が収録されたコンピを紹介。
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