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インタビュー

サカナクション 『kikUUiki』

 

ゆっくりと日本の音楽シーンを泳ぎ回っていた魚は、気付いたらとても大きく育っていた。彼らがここで起こす大きな波には、気付かないフリなんてできないよ!

 

サカナクション_A

 

メンバー同士の感覚が一致した

それは2010年代の始まりを告げる象徴ともいえる出来事だった。サカナクションのシングル“アルクアラウンド”が1月12日付けのオリコン・シングル・デイリー・チャートで2位となるなど、ロックとクラブ・ミュージックの融合を志す新世代バンドとしてはまさに快挙だが、バンドのリーダーである山口一郎の端正な語り口は、約1年前に会った時とほとんど変わらない。浮かれる素振りもなく、みずからがいまやるべきことを見定めながら熱を込めて言葉を放つ。

「去年の1月に『シンシロ』を出した時には、サカナクションをたくさんの人に知ってもらうために、あのタイミングでロックとクラブ・ミュージックを融合したわかりやすい作品が絶対必要だったんです。そこでリスナーの聴き方やライヴの反応を受けて、僕らに何が求められているのかがわかってきた。それを踏襲した形で“アルクアラウンド”を作って、ちゃんと結果もついてきたんです。じゃあ『シンシロ』と“アルクアラウンド”を聴いて好きになってくれた人たちにどういう曲を聴いてほしいのか?というのが、今回のアルバムのテーマでした」(山口一郎、ヴォーカル/ギター:以下同)。

札幌時代にリリースした2枚のアルバムをホップ、東京に拠点を移して最初の作品『シンシロ』をステップとするなら、4枚目のニュー・アルバム『kikUUiki』は予想を遥かに超える大ジャンプと呼べる作品だ。携帯電話でフィールド・レコーディングした音源のコラージュによる“intro=汽空域”で幕を開け、サイケデリックな音像とゴスペルライクなコーラスが絡み合う“潮”、引き締まってクールな4つ打ちの“YES NO”、メロディーのキャッチーなロック&ダンス・ナンバー“アルクアラウンド”――全員が楽器演奏とコンピューターでの楽曲作りをこなせるバンドならではの、豊かなミクスチャー感覚を発揮した楽曲がズラリと並ぶ。その中心にはフォーク・ソングをルーツに持つ山口ならではのポップでセンティメンタルなメロディーと歌があるという、サカナクションの音楽は魅力的な多重構造だ。

「今回は僕がアコースティック・ギターでメロディーと詞を作り、スタジオである程度形にして、基本が見えてきたら僕は部屋を出て行く。そして残った4人でそれを構築して僕にプレゼンするというスタイルを取ったんです。おかげで僕はよりプロデューサー的な立ち位置で自分の曲を客観的に聴けたんですね。なぜそれができたかというと、『シンシロ』以降、メンバー同士の感覚の一致ができるようになったから。僕がメンバーを信頼しきれるようになったんです」。

 

新しい音楽の楽しみ方を提案したい

他にも、これまでの彼らにはなかった“表参道26時”のような男女ヴォーカルの掛け合いを入れた歌謡ポップ要素の濃い曲や、アルバムのなかでもっともハード・ロック・テイストのギターが唸る“Klee”、完全クラブ仕様のインスト“21.1”、オリエンタルなメロディーを持つ穏やかな“アンダー”など、カラフルな楽曲が次々と登場する。そして12曲目に現れるのが、「“アルクアラウンド”を聴いてサカナクションを好きになってくれた人が、この曲を聴いてどう思うか試したい。ぜひ聴いてほしい」と熱く語る最重要曲“目が明く藍色”だ。

「この曲はすべての言葉に意味があって、恋愛の歌とも受け取れるし、まったく違うテーマもあるんです。そのテーマに気付くのと気付かないのとでは曲の印象が全然違う。ポップ・アート的なギミックですけど、それがエンターテイメントになっていると思うんですね。『kikUUiki』というのをアルファベットで表記したり、〈U〉が大文字である意味も、実は“目が明く藍色”に全部関係しているんです。普通のロック・ナンバーだと思って聴いていたら、いつの間にか全然変わっていて、何が起きたのかわからないうちに終わる。ものすごく批評がしにくい曲だと思うんですけど、だからこそ聴き手は本音で話すしかなくなるんですよ。感覚で話すしかない。これがリスナーの胸に刺されば、返ってくるリアクションもすごく純粋なものになる気がしてならないんですよね。それがすごく欲しいんです」。

彼はみずからの音楽を語る時に〈時代〉〈アート〉〈シーン〉〈文化〉といった言葉をよく使う。同年代のミュージシャンのなかでも、音楽文化全体に対する問題意識がズバ抜けて高い人間の一人だ。これまではその意識の高さと、実際に鳴らされる音の説得力との間にギャップがなきにしもあらずだったが、『kikUUiki』においてその差は完全に埋まった。山口の持つ純粋なアーティスト・スピリットは、今後の日本の音楽シーンをリードする指針として重要度を増していくことを予言したい。

「僕は日本の音楽シーンが大好きなんです。歌謡曲があって、ロックがあって、ポップスがあって、すごく独特の文化だと思うんですよ。そのなかで僕は自分にマッチしたものをどんどんピックアップしていって、〈自分ならこうする〉ということを考える。僕は常にたくさんの音楽を聴いているんですけど、そんな僕がピックアップしたものの上に成り立つ音楽ならば、きっと本当に時代にマッチするんだなと思うんです。そういうものだと思うんですね、作り手の仕事というのは。僕はその実験台になりたいし、自分がこうしたいと思ったことを実行して、それによってシーンがどう変わっていくかを体感したいんです」。

最後に、『kikUUiki』というタイトルについても触れておこう。漢字で書くと〈汽空域〉で、海水と淡水とが混じり合う〈汽水域〉から作られた造語である。それはサカナクションというバンドの存在そのものを明確に指し示す力強いキーワードだ。

「ロックとクラブ・ミュージックが混ざり合うのも汽空域だし、メンバー全員の感覚を重ね合わせていくのも汽空域。僕が好きなお菓子で言うと、ポテトチップスにチョコレートがかかってるやつも汽空域(笑)。僕らが〈いい〉とか〈美味しい〉と思う感覚には必ず良い意味での違和感が存在していて、それが汽空域だと思うんですね。そこで新しい音楽の楽しみ方を提案したいし、新しい立ち位置に立ちたい。僕はそこにバンドの可能性を感じています」。

 

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2010年03月23日 19:40

更新: 2010年03月23日 19:42

ソース: bounce 319号 (2010年3月25日発行)

インタヴュー・文/宮本英夫