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インタビュー

M.I.A. 『/\/\ /\ Y /\』

 

/\/\ /\って/\/\ /\した! /\っと驚く/\/\ /\ Y /\のニュー・/\ルバムから溢れ出してくる、いっそう/\ーティスティックに磨かれた/\/\ /\ Y /\の感情を食らえ!!

 

M.I.A. -A

 

本当に楽じゃなかった

『/\/\ /\ Y /\』=マヤ、本名をそのままタイトルにしたM.I.A.のニュー・アルバムをプレイすると、まず、パソコン(?)のキーボードを叩く音が聞こえてくる。

「今回、私はヴィザの問題を抱えてたの。期限が切れてもLAに滞在していたため、米国外に出られなくなってしまって。いったん出国したら、もう戻れない、そういう状態。で、LAに残って、赤ちゃんも産まれて、ヴィザの問題に決着がつくまで待機することになった。だけど、ただひたすら待ってられなくなって、レコーディングに着手することにしたの。そしたら、洞穴みたく閉じた環境のなかで、そこから一歩も動かずにアルバムを作るっていうアイデア、一枚のアルバムを〈外〉ではなく完全に〈内〉で作るって考え方——そのためにどこかに旅する、あるいは飛行機に乗ってどこかに行く云々って行為が一切絡まない——が気に入ってしまって。だから、自分の生活をベイビー・モニターのチェックとインターネットの2つにまで徹底的に絞った。それが私の実際の日常だったしね。要するに、スタジオの上の階には赤ちゃんがいて、スタジオに戻って、また赤ちゃんの様子を見にいって、そしてまたスタジオに降りていく……だから、ホントに世界との繋がりはインターネット経由だった。おかげでネットに関してはかなり熟練したし(笑)、結果として私のアートワークなんかにも多くの影響が残ってる」。

それはジャケットからも一目瞭然だ。

「物凄く悲劇的な年でもあったの、常にもう〈スリランカ政府と闘え!〉(注:2008〜9年にかけてスリランカ内戦は混沌を極め、停戦協定に至るまで多くの市民が犠牲になったとされる)みたいな時もあれば、一方で赤ちゃんと過ごそうとする時もあって……自分の家、新たに見い出した家庭、そこに快適さを見い出そうとしながらも、どこかで自分は本当の意味では自由じゃないって感覚があって……出入国できなかったしね。そうやって私の人生に起きた極端な出来事の数々に対処するのは、ある意味興味深かった。それこそ人々の反応にしたって〈あんた最高!〉〈お前最低!〉〈最高!〉〈最低!〉の繰り返しみたいなもので(苦笑)、スリランカ政府は〈お前なんてクソだ、クソ、クソ!〉って感じで、一方で家族は私を〈素晴らしい〉って称えてくれるし(笑)、このアルバムにはそのリアルな困難が刻まれてると思うな。だって、本当に楽じゃなかったから」。

この両極端な精神状態は、混沌とした秩序に覆われた“Meds and Feds”(この曲を手掛けたデレクE・ミラーの属するスレイ・ベルズの音は、マヤいわく「ポスト・メタル・サウンドにR&Bをマッシュアップしたものというか、ダンスフロア向けにしたもの」であり、「彼らを好きなのは、ここしばらくの間、自分が聴いた音のなかでいちばん新しく聴こえたから」だという)や“Teqkilla”から、ポップな“XXXO”(プロデュースにあたったブラックスターの音は「私にはレトロに響かないし……私にとってとても新しく、かつ美しいものに響く」と称賛)の間を行き来する振れ幅の広さにも重ね合わせることができる。

 

もっと人間的なアルバム

「私は自分の実人生と体験からアートを作るアーティストなわけ。だから、こういうあり方もOKなのよ。私はいつだって、それまで自分のやったことがないやり方で自分の人生を描いてきたから。これにしたって一つの段階に過ぎないわけだし……これはそうした瞬間を分け合うことであり、そのなかで学んだことや経験したことなんかを探っていって、音楽や創造性といったものを通じて、自分がいまどこにいるのか、そこに居心地の良さを見い出していくこと。で、それは私の生きている時間を象徴するものだと思う。やっぱり、自分自身のパロディーにはなりたくないわけで。それ以上に、私はアメリカから動けなかった」。

こんな言い方で、前2作にあったバイリ・ファンキやバングラなどエスニシティーの香るサウンドが、最新作で大幅に後退した理由をマヤは説明する。

「例えば“Teqkilla”の終わりの3分半くらい、あれは一切編集していなくて、ラスコが最初にあの曲でシンセだのなんだのをプレイしてる様子をただ録ったものなの。それは私には、歌のパートも含めて何もかもがジャム・セッションみたいなものだったし、それを編集せずにアルバムに収めた。いままではループを使うだの、何かを反復させるだの、そういうものだったわけでしょ。で、今回のアルバムはもっと人間的なもの、ループ一辺倒じゃないものにしたかった。だから、私は……何もかもちゃんと演奏したかったし、ミスしても、それはそれ。たとえヘボい音があったとしても、それはヘボな音として残る……要するに、少なくとも、実際に演奏している人間の手からそういう音が生まれたんだっていう感覚は受けるでしょ。私が思うに、それがいまの音楽に欠けているもの。というのも、誰もがもう常に〈きれいにしろ! すっきりきれいにしろ!〉って感じで、それって物凄ーく退屈なわけで……私としても、最終的には闘う感じになったんだけど。“Teqkilla”の終わりのほうにしても、マスタリング段階でこっそり紛れ込ませた(笑)。もし私があの箇所を編集しないで収録するなんて誰かに漏らしたりしていたら、そのアイデアも体よく葬られていたでしょうね。だから……マスタリング・ルームでもまだ編集を続けていたわ、いろんなミスをそのまま作品に残したかったから」。

 

▼M.I.A.のアルバムを紹介。

左から、2005年作『Arular』、2007年作『Kala』(共にXL)

 

▼関連盤を紹介。

先行シングル“Born Free”の元ネタとなる“Ghost Rider”を収録した、スーサイドの77年作『Suicide』(Red Star)

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2010年08月02日 18:58

更新: 2010年08月02日 18:58

ソース: bounce 323号 (2010年7月25日発行)

構成・文/小林雅明