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インタビュー

Anchorsong 『Chapters』



Anchorsong_A

書いてる自分もちょっと驚いたが、UKのトゥルー・ソーツがAnchorsongと契約したという事実に驚きを隠せないでいるのは、ひょっとして当の本人かもしれない。いまでこそマッドスリンキーのようなダブステップ系にも手を染めているものの、そこにはファンクの広義的解釈が読み取れた。ディープ・ファンク系のレーベルとしてスタートし、いまでもそのスタンスにブレが生じることはないだろうけど、そんな老舗が分類不能なトラックメイカーを送り出すことなど、にわかには信じられない。どんな背景があったのか。

「ぼくも意外だと思ってます。いちばんのきっかけは(トゥルー・ソーツに所属していた)ボノボとの共演でしょう。フェスを含めて3回ほどある。レーベル側が観に来ていて、どう売り出すかいろいろ考えてたんでしょうね」。

ひとりの〈才能〉がレーベル概念をも変える。Anchorsongとはそういう存在なのだ。日本での活動実績もある彼は、これまでに3枚のEPを発表してきた。今回の初フル・アルバム『Chapters』を手掛けたのは、拠点をロンドンに移してからのこと。

「以前からエレクトロニック・ミュージックの聖地で自分を試したかったけど、大きなきっかけとなったのは2007年にアテネからライヴのオファーが来たこと。ネットでぼくのライヴを観て気に入ってくれたようです」。

MPC2500をリアルタイムで打ち込み、オーディエンスの目の前で楽曲を構築していくというアクティヴなライヴ・パフォーマンスは、Anchorsongの特性を読み解く、ひとつのキーにもなっている。アテネからのオファーもそうだが、昨年BBCの名物番組「BBC Introducing」への出演オファーが舞い込んできたのも、そんなライヴが機縁だった。

「作品を生演奏でも再現できるというのがアーティストとしての使命だと思うんです。どんなに楽曲が優れていても、ラップトップだったり、ほとんどカラオケみたいなライヴなんてつまらない」。

名前は伏せておくが、ビッグネームのそうした期待外れのライヴを何度も経験しているらしい。それなら自分がやろうじゃないかというわけだ。しかし、そこまでこだわる情熱はどこから湧いてきているのか。

「高校時代からロック好きのギター少年だったんです。大学に入り、やっていたバンドが途中で解散して、そのままひとりになったころからポスト・ロックやエレクトロニック・ミュージックにも興味を持つようになった。打ち込みを始めたのもその頃から」。

〈コントロール・フリークな面がある〉と彼は自分を分析している。〈一瞬たりとも飽きさせない〉というアルバム制作上の目標も、これでは納得せざるをえない。

「全編インスト。それも気を抜くことなく最後まで聴かせる。そのなかに感情の機微だったり適度な有機性を与える、そんなインスト音楽を作りたかった」。

言葉という情報は、ときに感受の妨げにすらなる。〈花〉という言葉を歌えば、曲のその部分は花に支配されてしまう。それは少し極端な例だろうが、Anchorsongの場合、受け手のあらゆるイマジネーションを奪うようなことはしたくないということなのだろう。

「ぼくのフェイヴァリットであるエイフェックス・ツインの『Richard D. James Album』やプレフューズ73の『One Word Extinguisher』、DJシャドウの『Endtroducing.....』などは曲ごとに違うインストなのに、一枚を通して聴かせてしまう不思議な力がある。ところが最近の〈インスト系〉と称されるアーティストって、それでもヴォーカル入りのアルバムがほとんど。こだわりがあるというか、自分はインストの世界でストイックに勝負したい」。

仮に将来シンガーと仕事をする場合でも、あくまでプロデュースという立場で関わりたいという。ちなみに気付いている人もいるだろうが、彼の名前は敬愛するビョークの“The Anchor Song”に由来している。

「共演? ビョークは変人好みだからなぁ。ぼくはアウトサイダーであっても変人ではない(笑)」。

 

PROFILE/Anchorsong


吉田雅昭によるソロ・プロジェクト。2004年からライヴ活動を開始し、MPCとキーボードを用いてリアルタイムに楽曲を打ち込んでいくパフォーマンスで注目を集める。2007年に初音源となる『The Storytelling EP』をリリースし、同年に活動拠点をロンドンへ移す。2009年1月に2枚目のEP『The Bodylanguage EP』を発表。同年3月にはSXSWに出演し、ジェイムズ・ユール“Over The Hills”のリミックスも手掛けるなど海外での評価も徐々に高めていく。2010年6月に発表した『The Lost & Found EP』を今年3月にワールドワイドで自主リリースし、7月にトゥルー・ソーツと契約。11月12日にファースト・フル・アルバム『Chapters』(Tru Thoughts/BEAT)をリリースしたばかり。

 

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2011年11月18日 16:00

更新: 2011年11月18日 16:00

ソース: bounce 337号(2011年10月25日発行号)

インタヴュー・文/若杉 実