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インタビュー

伊集院幸希 『憐情のメロディ』



伊集院幸希_A



オールドタイミーなリズム&ブルース〜ソウルなどからの滋養を受けた香ばしいサウンドのなかに、歌声そのものが持つソウルネス──ここで言うそれは〈黒っぽい〉という意味にあらず──をキラリと光らせるシンガー・ソングライター、それが伊集院幸希だ。

「あるとき、姉の部屋から流れてきた曲を耳にして、これはすごい!って。それがマライア・キャリーの“Emotions”という曲で……」。

マライアに憧れてシンガーを夢見る──そこまではさして珍しいエピソードではない。しかし、彼女はマライアの〈ポップスター〉感ばかりに引き寄せられるわけではなく、そのサウンドの奥に忍ばせてあった〈ルーツ〉に目を凝らし、音楽的な好奇心を膨らませていった。

「次に憧れたのは、アレサ・フランクリン。最初は彼女のような歌い方ができたらいいなあって思ってましたけど、自分で曲を作っていくようになるにつれ、アレサになるのは絶対に無理だし、自分は自分になるしかない、自分の音楽をやります!みたいな覚悟が芽生えていったんです」。

とにかくデモを作ってはレコード会社に送り、自身の歌がより多くの耳に届くきっかけを探す日々。

「いちばん最初に作ったデモの反応が良くて、これはもしかしたらいけるんじゃないかと(笑)。声がイイっていうことはいろんなとこから言われてて、それはすごく、自分ではわからなかったので意外でしたね」。

自分自身のチャームに気付かぬぐらい、ある意味天然な感性で歌への情熱を高めていった彼女。そのサウンドや歌声と共に、心理の裏側までデリケートに描写する歌詞にも独創的なキャラクターを窺わせる彼女の歌をめぐっては、昨年秋に初作『あたしの魂』を発表して以降も思いがけない出来事が。作品を耳にした作曲家・筒美京平の推薦で実現したという稲垣潤一とのデュエット、ジャケットのアートワークを手掛けた信藤三雄率いるザ・スクーターズの復活作への楽曲提供、さらに「リリックにシンパシーを感じる」というラッパー・鬼とのコラボレーション──。そして、ファースト・フル・アルバムとなる『憐情のメロディ』では、そこでの成果をも実らせた、豊かな彩りの楽曲たちが並べられた。

「誰にも文句を言われないものを作るっていうことを決めて、詞もメロディーもサウンドも全部にこだわって……なので、それが実現できたので本当に100点」。

ザ・スクーターズのロニー・バリーをゲスト・ヴォーカルに招いた“あたしのこの路 baby, this my way”、鬼との再共演となった“迷子”など素敵な〈お返し〉ナンバーをはじめ、ドゥワップ・グループのワンダラーズを従えたムーディーなラヴソング“Tonight”、普段はギターで作曲する彼女が本作中で唯一リズム・トラックから制作したというグルーヴ・ナンバー“WINDY CITY”、ソウル・バラード“挽歌(エレジー)〜僕たちの愛よ〜”、ブリル・ビルディング風情のオールディーズ・ポップ“家に帰ろう”、夢見心地なストリングスに淡く彩られた“大きな世界”など、『憐情のメロディ』は確かに、文句の付けようのない至福感に溢れたアルバムとなった。

「やっていて気持ちいいのと、聴いていて気持ちのいいものっていうことはすごく考えて作ります。曲作りはすごく時間がかかるんですけど……特に詞ですね。詞は、書こうと思わないと書けないし、一気にやらないと出てこない。音楽は楽しんでもらうものなので、自分の闇の部分だけを知ってもらってもしょうがないですし」。

そうこだわるだけに、彼女の歌はどことなく人懐っこい。コク深さと洗練されたポップネス、そして思いがけず心を掴まれるような歌——そんな音楽との出会いをいつでも待ち望んでいる人には、ぜひ聴いてもらいたい。



PROFILE/伊集院幸希


熊本生まれのシンガー・ソングライター。14歳のときに聴いたマライア・キャリーをきっかけに音楽的な好奇心を膨らませ、アレサ・フランクリンやキャロル・キングらの音楽に影響を受けながら自身もソングライティングを始める。2011年10月にミニ・アルバム『あたしの魂』でデビュー。11月には〈KAIKOO POPWAVE FESTIVAL 2011 & 2012〉に出演する。今年に入って、鬼の『蛾』収録の“帰れない二人”にフィーチャーされ、稲垣潤一『ある恋の物語 My Standard Collection』では“恋心”をデュエット。ザ・スクーターズに書き下ろした“REMEMBER〜あの頃夢に生きて〜”も話題を集めるなか、ファースト・フル・アルバム『憐情のメロディ』(HOTWAX)をリリースしたばかり。

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2012年09月12日 18:00

更新: 2012年09月12日 18:00

ソース: bounce 347号(2012年8月25日発行)

インタヴュー・文/久保田泰平