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インタビュー

樫本大進

「コンスタンチンとのレコーディングは楽しくて、楽しくて」

今ではベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の第1コンサートマスターとして、世界に顔を知られる樫本大進。最初に会った時は13歳だったから、もう20年の時間が経過した。30代に入り、オペラはじめソリスト専業時代には弾けなかった作品を芸術監督のサイモン・ラトルら名だたる指揮者の下で学び続けるうち音楽家、人間としての幅をぐっと増した。ソロ、室内楽にも当然、収穫は生かされる。EMIクラシックスとの世界契約第1作、ベートーヴェンの《ヴァイオリンとピアノのためのソナタ》全10曲のうち最初の3曲(作品30の1~3)を聴けば、円熟の兆しをはっきり理解できるだろう。

──EMIとの契約は最近?
「2012年に入ってからです。長くデュオを組んでいるコンスタンチン・リフシッツのピアノで『ベートーヴェンのソナタ全曲を録音したい』との希望をいくつかのレコード会社に伝えたところ、ロンドンのEMIが『ぜひ』と応じてくれました。まずベートーヴェンの全曲、CDにして4枚分を今年7月、12月の2度に分けスイスでとります(*)。さらに2点分のオプションが提示されているので、できれば協奏曲をやりたいですね」

──リフシッツとのコンビは。
「個人的には20年以上前の少年時代から面識があり、人間の相性も抜群。コンスタンチンは年の割に落ち着いていて、僕みたいに子どもじゃない。キャラクターが対照的なのが、音楽づくりに良い影響を与えるようです。1990年代末から共演を本格化させました。コンスタンチンが指揮に進出して以降、1音1音に対する視点や姿勢などが大きく変わり、ぶつかり合いながら吸収する場面が増えました。ソリストはエゴがなければできないですが、オーケストラでは一番の禁物。デュオでは2人合わせて2以上の効果を上げつつ、お互いに出るところ、引っ込むところの掛け合いを通じ、2でも割れるから面白いです。スイスでのスタジオはアルプスを望む景勝地にあり、コンスタンチンとの数日は本当に楽しかったです」

──ベルリン・フィルのコンサートマスターに内定した時、日本では「ソリストのキャリアを棒に振るつもりか?」といった声も出たが。
「ソロでデビューした当時は何もわからず、ただ必死に走っていました。ベートーヴェンのソナタの解釈に限らず、人生そのものが夢中でした。それはそれで良かったと思いますが、オーケストラに入団して何かが落ち着き、以前とは違う目で音楽をながめるゆとりが出てきました。ドイツで師事したライナー・クスマウル先生はクラウディオ・アバドに請われて一時、ベルリン・フィルのコンサートマスターをされたにもかかわらず、僕には一度も勧めませんでした。オーディションを受けると決めたら一転、応援に回ってくださったのが印象的でした。試用期間が始まり、いざコンサートマスターの席に座ってみて理解できなかったのは、なぜ楽員たちがいちいち、細かいところにまで文句を言い続けるのかということ。ゆっくり観察するうち、文句は音楽への強烈な気持ちから生まれ、すべて良い演奏のために発想されているとの図式がみえてきました。全員で問題を解決し、いったん勢いがついたら止まらないオーケストラです(笑)。初めてブラームスの交響曲をリードした時、後ろの方から轟いてきた『グオーッ』といった感じの音に圧倒され、こちらはその響きに乗るしかなかった。新入団員はただただ、音の地鳴りに巻き込まれて仕事を覚える。今は管楽器の結束もすごく、彼らの音を聴きながら弾くだけでも、かなりの音楽が引き出されます。下手な先生につくより音楽が体に入るし、昔とは違う多国籍集団なのにベルリン・フィルのDNAが守られている理由は、文句とともに練り上げられた響きにあると思います」

──ソロの活動にもメリットがあると。
「皆さんが言うほど、2つの顔の切り替えは大変ではありません。自分としては、ごく自然なことで、オーケストラに入ったおかげで新しい音を得ることもできました。もっとも最初に弾いたオペラが、ワーグナーの『神々の黄昏』だったのは、ちょっと大変だったけど……。コンサートマスターのローテーションの制約下、ソロの仕事は“選べる”のではなく、“選ばなければいけない”。あやふやな気持ちで引き受け、下手に演奏すれば『あれがベルリンの今のコンサートマスターか』とあきれられます。半面、オーケストラの仲間や共演したソリストの輪が広がった結果、兵庫県の赤穂と姫路で監督を務める2つの国際音楽祭の出演者には事欠きません。みなノーギャラなのに、『また来たい』と言ってくれます」

──2014年には山田和樹指揮のスイス・ロマンド管弦楽団と日本で共演する予定。
「同い年でともにベルリン在住、妻も2人とも日本人音楽家という仲良しです。ベルリンで夫婦4人、しじゅう食事をご一緒しながら目下、曲目とか作戦を練っているところです」

*インタヴュー後、録音スケジュールが追加となり、来年にも3度目のセッションが行われる予定となっています。2013年に、全曲リリース予定。

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2012年10月18日 17:47

ソース: intoxicate vol.100(2012年10月10日発行号)

取材・文 池田卓夫(音楽ジャーナリスト)