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インタビュー

キリンジ 『Ten』

 

別れ別れになって向かうところはどこだ?──そんな予想もまったくつかないまま、〈2人でひとつ〉だったキリンジが最後のベルを鳴らす。涙を見るか、それとも……!?

 

 

キリンジ登場の衝撃を、97年5月号のbounce誌の新人紹介コーナーはこう伝えている。

〈堀込泰行と高樹の兄弟ふたりによるこのニューカマーは、ちょっと(というかかなり)いい感じ。5月21日リリースの彼らのデビュー盤『キリンジ』に収録される全4曲(プラス、シークレット・トラック)からゆらゆらと立ち昇る、その尋常じゃない才能の薫りといったら! ブルーアイド・ソウル、ソフト・ロック、ブラジリアンなど、彼らのフェイヴァリット・ミュージックから想像できる音、いわゆる〈趣味のいい〉いまどきの音とはイスカンダル並みに遠い地平で鳴っている、彼らのオリジナリティーは圧倒的……(以下略)〉

90年代後半、リリカルな日本語を70年代ポップ・ミュージックのスタンダードをベースにした音像でフレッシュに演奏するアーティストやバンドが数多く登場し、bounceはそれらを〈ジャパニーズ・ニュー・スタンダード〉と総称して積極的に紹介していた。そんななか、ふいに(まさしく思いがけず)現れたキリンジは、局所的に凄まじい衝撃を与えたのだった。その衝撃の一端が、若干支離滅裂で空回り気味な先の紹介文から窺えようかと(書いたのは当時bounce編集部に所属していた筆者なのだが)。まずなによりも曲が良かった。ヴィンテージなサウンドは、膨大な中古レコードのカタログの上に成り立つ〈渋谷系〉の血統を感じさせつつオリジナルで新鮮なものに聴こえた。ちくま文庫のなかでしか見たことのないような日本語が流麗なメロディーに違和感なく溶け込んでいた。これが数か月前にスタートしたド新人の実兄弟によるバンドの作品であることにも驚かされたが、スーパー・ノーマルな風貌の2人がニコリともせず、みうらじゅん言うところの〈関西ポーズ〉を取るアーティスト写真にも目を釘付けにさせられた。すべてが規格外に感じられたものだ。

 

いろいろやってきて最後に……

そんなキリンジが、2000年のスマッシュ・ヒット“エイリアンズ”をはじめとするグッドソングの数々で多くのファンやリスナーを獲得してきたことは皆さんご存知の通り。そして昨年10月に発表されたのが、メイン・ヴォーカルの弟・泰行の脱退と、兄・高樹によるキリンジの継続。それもまた衝撃だったが、その直後に発表されたフィナーレ感に溢れる9枚目のアルバム『SUPER VIEW』に続く〈兄弟による最終作〉となるこの『Ten』もまた、ちょっとした衝撃だ。キリンジのオリジナル・アルバムとしては異色な、実にコンパクトでシンプルな作品。〈最終作〉という情緒はまったくなし。そういやキリンジのライヴ、良かったよな、ということを思い出させてくれるバンド・サウンドが活き活きと鳴っている約42分。アルバムがコンセプチュアルな〈作品〉になる以前の時代、50〜60年代のLPのような印象だ。

「いままでいろいろやってきて最後に良い意味でコンパクトなところに収束するのもきれいだな、という思いもありました。あとはライヴのバンド・メンバーと本当に〈バンド感〉が出てきた時期だったんで、この理想的な状態で作りたかったのもあります。作曲に関しても、どの曲もあまり気負わず作れましたね。すごくいいものを作ってやろう!っていう力んだ感じではなかったです」(泰行)。

まさしく演奏者の顔が見えるようなサウンドで、それぞれの楽器の音が実によく感じられる。

「エンジニアの柏井(日向)くんがリズム録りをすごくがんばってくれてますが、後はほとんど自分たちのスタジオで録ったりしてるからそんなにイイ音のはずはない(笑)。単純に音数が少ないから、いろいろな楽器が何をやっているかがいつもよりわかりやすいとは思います。だから、イイ音だと思っていただけたのなら、それは〈バンド・メンバーとわれわれができる楽器ですべて演る〉みたいな感じが功を奏したのかなとは思います」(高樹)。

例えるなら、アマチュア時代の集大成とも言える代表曲がふんだんに収められたファースト・アルバムに続いて間髪入れず発表された気鋭のバンドのセカンド・アルバムのような趣き。もしくは、ビリー・ジョエルが魂込めた『The Nylon Curtain』の後に、少年時代に好きだったポップスのような楽曲をサクッと演った『An Innocent Man』。そういうスピード感が随所に感じられる。

「思い付いたことをパッとやってパッと完成させるっていう瞬発力ですよね。作業的には確かに細かいところは細かいんですけど、曲なり歌詞なりの着想を得るときは一瞬ですからね。瞬発力で出たものをチクチクいじって完成まで持っていくっていう、その〈チクチクいじってる〉部分は伝わりやすいと思うんですけど、着想を得てるときの〈エイヤッ!〉っていうところは聴く人には伝わりにくいですからね。アイデアは豊富に詰まってると思うんです。でも、イントロがきれいに流れてAメロがあってサビで大盛り上がりで……みたいな端正なものを作ろうって気持ちがあまりなかった」(高樹)。

 

おもしろいアーティストがまた2組出来る

今回の〈のれん分け〉にあたって急にクライマックス感を求めるのも可笑しいと言えば可笑しい話で。思えばキリンジは、いわゆる〈活字ロック〉に代表される情緒的なバックグラウンド・ストーリーとは無縁に、楽曲の良さだけで(はないんだけど本当は、それは後述)続いてきたグループではなかったか。

「われわれは基本的に聴いたままですからね。そこにストーリー的な価値を加えなくても純粋に音楽として成り立ってると思います」(高樹)。

「僕らの場合、結局のところ自分たちでも行きたい方向をコントロールしてなかったというか(笑)。僕はこっち、兄はこっち、そしてキリンジがここ、みたいな感じ。ロックンロール・バンドのストーリーみたいに〈中期は小難しくなって……〉っていうビートルズをお手本としたような美しいものがあればいいけど、手本として美しすぎるし、ビートルズの7年間だからできたことであって。僕らのように15年以上やってるグループがあんまりそこに囚われてると、かえって見苦しくなってしまうというか」(泰行)。

「そういう〈ロック幻想〉みたいなのは音楽じゃなくて生き方の話だから」(高樹)。

始めに音楽ありき。それがキリンジの大前提とはいえ、グループとして17年間も続いてきたのは、他ならぬ2人のパーソナリティーの魅力ゆえ、とも思う。キリンジの作品をズラッと並べたときに現れる、ノーマルな風貌の2人の真顔が連なる光景の可笑しさが象徴的で。作家性が匿名性に転化せず個性に昇華していたという好循環。キリンジ・ファンには周知のことだろうが、泰行楽曲と高樹楽曲の個性の違いをひとつのキリンジとして愛でる、といったリアルタイムな体験は、キリンジを追うことでしか味わえなかったのではないだろうか。

「似た部分もあるけど、始めから違いますからね。でも作風が違うということよりも、〈ソングライターが2人いてなおかつ他にメンバーがいないグループ〉っていう形態こそが特殊と言えば特殊ですからね」(高樹)。

まさしく〈兄弟ふたり〉のユニット、モンキー・パンチ(現在は兄ひとり……おぉ!?)を筆頭に、音楽家よりも漫画家にちらほら見られる〈作家ふたり〉という形態。今回の〈のれん分け〉で、藤子不二雄が藤子・F・不二雄と藤子不二雄Aに分裂したときを思い出した人もいるのではないだろうか(そういう意味で、泰行が〈キリンジ・Y〉として再登場することも密かに期待しているのだが)。それゆえ、実のところ〈聴くもの増える!〉という期待感のほうが、個人的には大きかったりする。

「おもしろいアーティストがまた2組出来るんだと思ってもらえたら、嬉しいですね」(泰行)。

とはいえ、2人の並ぶ姿も見納めか、と思うと情緒を刺激されるのも事実で。こんな質問をぶつけてみた。実はお互いがお互いの大ファンなのでは?と。

「(泰行に向かって真顔で)お前の曲、好きだよ(笑)」(高樹)。

「(笑)。もう一周くらいしてそれを言い合えるようになってればね」(泰行)。

「性格的にもっとフランクな兄弟だったら〈もう最高だよ、うちのヤスは!〉みたいな感じだったね」(高樹)。

「それじゃおぎやはぎだよ」(泰行)。

「〈もう泰行の言うことなんでも聞いてやるから!〉みたいな? それはちょっと気持ち悪い(笑)」(高樹)。

 

▼キリンジの最近の外仕事を紹介。

左から、泰行が作曲した“マフラー”を収録した一青窈の2012年作『一青十色』(フォーライフ)、高樹がコーラス参加した“夏の月面歩行”を収録したかせきさいだぁの2012年作『ミスターシティポップ』(AWDR/LR2)、高樹が作詞/作編曲した“さよならプリンセス”を収録した南波志帆の2012年作『乙女失格。』(ポニーキャニオン)

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2013年04月10日 17:59

更新: 2013年04月10日 17:59

ソース: bounce 353号(2013年3月25日発行)

インタヴュー・文/フミヤマウチ

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