Lise de la Salle
10年目のポートレイト
大切なことは言葉では言えないことばかり。だから、音楽の魔法を信じることになる。「言葉での説明はあまり意識してこなかった気がする」とリーズ・ドゥ・ラ・サールは呟く、「人生における情感を強くもつことが大事」だと。ナイーヴ・レーベルに刻まれた10年の歩みを、2011年の新録映像とあわせて『ある肖像(a portrait)』に織りなした彼女だが、15歳の頃から現在にいたるまで、表現の本質は大きく変わっていない。若い頃から自らの主張や個性を自覚してきたのだ。
「いろいろなことが進展した。自分のアイディアを展開させる表現技術という意味で、以前よりももっと思い切ったことができるようになっている。そうであればいいと思う。いずれにしても、ひとりの同じ人間だから、もちろん成熟はしたと思うけど、音楽上の考えは基本的に変わっていないかも知れない。私の演奏に関して10年の変化をいうなら、以前は『やってもいいのかな』と思っていた部分が『もっとやってもいいんだ』と感じられるようになった」
しっかりと芯をもって、作品と率直に向き合い、伸びやかに表現する。言いたいことがしっかりあるから自分自身で演奏するのだ、という姿勢がいつも自然に貫かれている。
「バランスの問題もある。まず楽譜に書かれていること、そして知識や伝統というのもあるけれど、それでも自分自身であらなくてはならない。おそらく、ほとんどすべての良き音楽は偉大な演奏家によって弾きつくされている。だからこそ、いまという時代に、自分という人間と個性を、音楽にまず誠実に向き合い、心を通わせるかたちで表現することが大事になっていると思う。つまり、危険な生きかたをしなくちゃならない(笑)。プレッシャーに追い立てられることなく、自分のペースで歩んできたから、いまがある。さまざまな人との出会いのなかで、どういう対話を重ね、どんな考えを育てていけるか。そういうことすべてがからみあって、私というひとりの人間になっている」
人生を音楽に占められるのは歓迎するけれど、演奏会や旅に流されるのは危険なことだと彼女は言う。だから、月に平均10〜15日は家族や友人たちと過ごす。
「自分の人生を生きている実感が充ちるのは素晴らしいし、それが音楽のなかにも生きてくる。私の目標は、この素晴らしい職業をずっと続けて、人々と感情を分かち合っていくこと。いちばん美しい瞬間は、言葉でなく、お互いの目のなかにみえるものだと私は思う」
薄いグレーの大きな瞳を向けて、リーズ・ドゥ・ラ・サールは静かにそう語った。