LONG REVIEW――高橋幸宏 『LIFE ANEW』
ここから新しく始まる高橋幸宏の歴史
もしかすると本作は、これまでの高橋幸宏関連作のどれとも異なる立脚点によって作られた一枚かもしれない。
高橋幸宏といえば、サディスティック・ミカ・バンド、YMOを含む過去の輝かしいキャリアのイメージから、イギリスやヨーロッパの音楽の影響を強く受けたアーティストという印象があるだろう。元ジャパンのスティーヴ・ジャンセンとの交流は有名だし、近年のソロ作でもアイスランドのアミーナやドイツのラリ・プナとコラボレートするなど、幸宏の指向とヨーロッパの音楽家との親和性が高いのも事実ではある。
だが、彼が10代~20代前半の頃に親しんでいたのは、むしろアメリカのフォークやロックだった。それも、ちょっと黒人音楽の影響を滲ませたブルーアイド・ソウル系ポップス……そう、まだ無邪気にレコードを買い漁っていた時代、幸宏の耳を捉えて離さなかったラスカルズやジョン・セバスチャン――本作はこれまで蓋をしていたそんなデビュー以前の趣味嗜好と素直に向き合い、60歳を過ぎた現在の自身のフィルターを通して形にした作品と言える。
レコーディングに参加したのはジェイムズ・イハ、高桑圭(Curly Giraffe)、堀江博久、権藤知彦という、幸宏と近いところにいる後輩たち。だが、今回は彼らを新バンド=In Phaseとして固定させて、すべての音出しは幸宏を含めた5人で行うというスタイルで録音を敢行した。近年定着していた1曲ごとのコラボレート形式から離れ、膝を突き合わせて生演奏を軸に制作したことも、彼に若かりし頃を思い起こさせたのかもしれない。曲制作も幸宏自身によるものだけでなく、メンバーが均等に曲を持ち寄り、セッションして仕上げた格好となっているのも象徴的だ。
高桑が作曲した“All That We Know”は湿り気を含んだアコースティック・ギターから始まるフォーク・ロックで、幸宏自身の作詞/作曲による“Last Summer”は権藤のホーンが効果的に響くダンヒル系のブラス・ロック・チューン、そしてTHE BEATNIKSで活動を共にする盟友・鈴木慶一が作詞した“The Old Friends Cottage”はAOR風ソウル・ナンバーだし、ジェイムズ・イハが作詞/作曲を手掛けた“Follow You Down”はちょっと初期ポール・サイモンを思い出させるシンガー・ソングライター風ナンバー――いずれもこれまでの幸宏作品にはあまり見られなかった、彼のバックボーンが見え隠れしているのが興味深い。
トリビュート・アルバム『RED DIAMOND ~Tribute to Yukihiro Takahashi』のリリース、著書「心に訊く音楽、心に効く音楽 私的名曲ガイドブック」の刊行などもあった昨年来、幸宏は自身のルーツに躊躇なく向き合えるようになったのだろうか、ヴォーカルもいつになく肩の力が抜けていて大らかだ。タイトルの『LIFE ANEW』とは〈人生をやり直す〉というような意味でもある。10代の頃からスタジオ・ミュージシャン仕事を始めたように、ここから新たな高橋幸宏の歴史が始まるのかもしれない。