インタビュー

Pink Martini



「幸せはズンドコやって来る」からスマイルなのか

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ピンク・マルティーニの音楽は、楽しいが、切ない。音楽に対するその姿勢は鋭く、激しいが、その響きは優しく、まるで奥底で灯がついたかのように、心の中が温かくなってくる。そして、何故か、知らぬ間に涙がこぼれてくる。

新作『ゲット・ハッピー』は、そんな彼らの魅力が集約されているようなアルバムだ。

「選曲する際に心がけているのは、メロディが美しいこと、それがいちばん大事だね。今回は、コンセプトとしては、ゲット・ハッピーだったので、それを念頭に選んだつもりだったけど、アルバムの内容を見つめ直したとき、むしろ、悲しみのほうが勝ちすぎているような気がしたんだ。それで、少し軽くしたい、明るさが必要だと感じていたところに、ぴったりだったのが、《ズンドコ節》だった」とは、ピンク・マルティーニを率いるトーマス・ローダーデールだ。

そもそもは、海軍小唄とも呼ばれ、学生が、戦争で恋人と引き裂かれたときの切なさを託した。その後、歌手によって、時代に沿ってそのつど歌詞が変えられ、田端義男の画期的な《ズンドコ節》を経て、1969年、ドリフターズが大ヒットさせ、広く親しまれるようになった。近年では、氷川きよしの歌も有名だ。

「大好きな曲だったんだ。由紀さおりさんにも歌って欲しいと言ってたんだけど、なかなか、実現しなくてね。由紀さんと一緒に日本ツアーしたとき、最終日に新宿二丁目に初めて足を踏み入れて、バーで飲んでて、由紀さんを呼び出したことがあるんだ。深夜だったので、無理だろうと思っていたけど、由紀さんは来てくださってね、しかも、一緒に歌ってくださった。周囲もびっくりしてたよ。そのとき、この《ズンドコ節》も歌ってくれた。でも、レコーディングは無理だろうからと、自分たちでやったんだ。コーラスには、地元ポートランドの日本人のビジネスマンたちを呼んだり、みんなで賑やかにやってもらった。もう、それだけでもクレイジーで楽しいんだけど、この曲のおかげでアルバム全体が明るさを取り戻せた」

由紀さおりとの『1969』の成功で、すっかり日本でもお馴染みになったピンク・マルティーニだ。ジャズ・オーケストラなどと堅苦しく縛りきれないほど奔放で、古いハリウッド映画周辺に題材を求めたものから、時代の垣根を越え、国境や言語の壁を跳び越えていろんな音楽を、それも独自の味付けで楽しませてくれる。

今回も、アルバムには、ルーマニアの《Pana cand nu te iubeam》や、トルコの《Uskudar'a gider iken》など、合計9言語での歌が繰り広げられる。キューバのオスバルド・ファレスの曲だが、ナット・キング・コールを含め日本でもお馴染みの《キサス・キサス・キサス》もある。ピンク・マルティーニのファミリーと言ってもいいようなアリ・シャピロ、Best Of Cabretと評判のオーストラリアの女性Meow Meowなど、ゲストも多彩だ。《キティ・カム・ホーム》は、ケイト&アンナ・マッガリグルの曲だが、それを、ケイトの息子で、アンナには甥っ子にあたるルーファス・ウェインライトを迎えて披露する

「ルーファスとは、15年来の友だちなんだ。ガス・ヴァン・サントが、二人の共通の友人で、1997年頃だったと思うけど、ルーファスがポートランドでコンサートをやったときに、彼に連れられてルーファスのコンサートに行って、そこで友情が芽生えたというわけだね。ハリウッド・ボウルでも、3日間、歌ってもらったよ。これは、彼の家族の事情について、しかも、彼の両親が別れる話で、キティとは彼の愛称だったんだ。他人の家族のプライベートな部分に踏み込んでいいのかなと思って、最初は緊張して頼んでみたんだけど、彼は快く引き受けてくれた。彼の妹のマーサも、叔母のアンナも、聴いてくれてすごく喜んでくれた」

《スマイル》も、聴きどころの一つだ。

言うまでもなく、1936年、チャールズ・チャップリンが映画『モダン・タイムス』で発表して以来、数多くの人に歌い継がれてきたが、ここでは、米国の女優でもあり、コメディアンとしても過激な人生を送ったフィリス・ディラーを迎えている。2012年8月20日、95才で死去したのも記憶に新しいアメリカ芸能界の伝説だ。

「素晴らしいでしょ、これは。彼女は、アメリカでも伝説的な人物で、女性コメディアンとしてもアメリカでは初めての人だし、60年代にはアルバムも何枚か出しているんだ。近年は、画家としての活動が多く、自宅には何百という絵が壁に飾ってあって、ちゃんと値段がついている。そこを訪れた人は、気に入ったものがあれば、それを外して持って帰るんだけど、後で請求書が送られてくる。ぼくも、彼女の家を訪ねたとき、沢山の絵を買ってスーツケースいっぱいにして帰った。彼女自身チャップリンの友人でもあるんでね、《スマイル》がいいと思って頼んだ。彼女がコメディアンだというのも、スマイルという言葉にあっているしね。その後、1ヶ月ほどして再度彼女の家を訪ねてね、今度はエンジニアと二人で、居間をレコーディング・スタジオに変えて、この曲を録音したんだ。でも、悲しいことにそれが、彼女の生涯最後のレコーディングになってしまった。アメリカの伝説的な人にふさわしい最後のレコーディングで、沢山の人がこの曲を歌ってきたが、ぼくは、これまででいちばんの《スマイル》だと思っているよ」。

ちなみに、表題作の《ゲット・ハッピー/ハッピー・デイズ・アー・ヒア》は、ジュディ・ガーランドとバーブラ・ストライサンドの共演が有名だが、ここでは、ルーファス・ウェインライトとチャイナ・フォーブスが、見事なデュエットを披露する。



カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2013年11月13日 10:00

ソース: intoxicate vol.106(2013年10月10日発行号)

interview & text :天辰保文