こんにちは、ゲスト

ショッピングカート

インタビュー

INTERVIEW(3)――肩の力は抜いてるけど眼光は鋭い



肩の力は抜いてるけど眼光は鋭い



THE NOVEMBERS



――ちなみに、それぞれhideさんの曲でいちばん思い入れが強い曲やアルバムは?

MOCCHI「僕は“DICE”を聴いた時に、日本人のバックで外人が演奏してるということに驚いたんですよ。だから僕が初めて外人のドラマーで名前を覚えたのがテリー・ボジオで、ベースはTMスティーヴンス。しかも冒頭からケツまでずっとツーバスがドコドコ鳴ってる曲なんて聴いたことなかったんで、すごいアレンジするなーと思って聴いてました。それもあって、『HIDE YOUR FACE』はよく聴きましたね。なおかつ“EYES LOVE YOU”みたいなすごいポップな曲もあれば、〈D.O.D.〉みたいな勢いのある曲もあって、hideさんがXでは見せなかった部分が凝縮されていると思います。ヴィジュアル系だからこういう曲しかやらないというのではなく、ほかのところでも通用する曲がたくさんあるんですよね」

HIROMITSU「僕らの頃のヴィジュアル系って、ジャパメタを継承してる先輩が多かったんですよ。派手なメイクしてるけど音はメタルで、怖いイメージがあった(笑)。hideさんはそれを打ち破ったイメージがありますね。ああいう頭でああいうメイクだったらメタルと決まっていたのに、すごいポップだったから」

高松「僕は『Ja,Zoo』というアルバムにすごい思い入れがあります。hideさんが亡くなったあとに出たので話題になったこともありますけど、単純に曲が良くてずっと聴いてました。“HURRY GO ROUND”とか“ever free”とか、感動的でした」

小林「中学1年くらいで『Ja,Zoo』だったんだよね。ちゃんと気持ちも分化してきて、何かを選ぶという精神性を持ちはじめたのがその年頃だと思うんですけど、その時にドンピシャでリアルタイムで来たから、余計に思い入れが強いのかもしれない。僕も、リアルタイムで最初に聴いたアルバムは『Ja,Zoo』でした」

――HIROMITSUさんは?

HIROMITSU「もちろん“D.O.D. [DRINK OR DIE]”はそうなんですけど。“DICE”もそうだけど、先に言われちゃったしな」

MOCCHI「ごめん(笑)」

HIROMITSU「ちょっと違う話になっちゃうけど、当時hideさんが雑誌で紹介するお薦めCDがすごく良かったんですよ。スマッシング・パンプキンズとか、ミニストリー、フィア・ファクトリーみたいなインダストリアル系とか、スナッフ、ヴードゥー・グロウ・スカルズあたりのパンク・バンドの名前を挙げてて、よくCDを買いに行きました。僕がパンクに没頭したのはhideさんがきっかけになってると思うし、すごい影響受けてます」

小林「僕は今回カヴァーさせてもらったことも含めて、“DOUBT”がすごく好きです。歌詞が風刺になっていて、しかも風刺してる対象に自分も加担しているという皮肉も込めている。ポップ・スター的要素のあるhideさんがやるからこそ、余計に説得力ある内容なのかなと思います。自分たちの新譜(11月30日にリリースされたばかりの4作目『zeitgeist』)の精神性と不思議に結び付いていて、同じような言い回しの歌詞がたまたまあったり、そういう偶然も含めてものすごく運命めいたものを感じてます。しかもこのトリビュート、発売日が僕の誕生日なんですよ」

MOCCHI「おめでとうございます!」

小林「あ、いえいえ。まだ先なんですけど(笑)」

――その、〈新譜の精神性と不思議に結び付いている〉というのは、具体的に言うと?

小林「“DOUBT”の歌詞は、hideさんを取り巻く環境に対しての風刺が込められているんですけど、そこに対してクソ真面目でいることは無防備だということがわかってるから、ユーモアを交えたり、自分もそこに加担しているという皮肉を交えることによって、ツッコミどころを残さないぐらいに徹底してるなと思うんです。hideさんのユーモア感って、いろんな示唆的なメッセージにより説得力を持たせるいちばんのギミックな気がするんですよ。クソ真面目にメッセージ性のあるものを100%言うことって、一見説得力があるように見えて実は隙だらけだという、僕はそういうふうにしか思わないことが多いので。だからユーモアやポップネスがあって、肩の力は抜いてるけど眼光だけは鋭いみたいなものに僕はすごく影響を受けてるし、そういうアーティストを尊敬してしまうんです。エリック・サティとかもそういう印象があるんですけど」

――その視点はすごくおもしろいです。

小林「hideさんは音楽だけの人ではなくて、ライフスタイルを含めていろんな文化的な貢献の仕方をしていた人で、自分を取り巻くいろんなことを豊かにしていこうということを、自分発信でちゃんとリスクを背負ってやっていた人だと思うので。だからこそ周りに人が集まったし、ついていく人がたくさんいたと思うんです。そういうことをやってる人はたぶんいろんなところにいるんだけど、彼のように社会に対するショック療法というか、奇抜なアイコンのようにそこに現れて、そこを中心に渦が巻かれていくという、そういう存在はすごく貴重だったと思います。社会現象だったかどうかは僕は当時を知らないのでわからないけど、世間レヴェルではいろんなことが変わっていったり、実際に僕たちの人生を変えていくことになったんだなと思っているので。僕も音楽だけをやっているつもりではなくて、主に音楽を使って社会と交流しながら何かを提案したり問いかけたりという活動をしているつもりなので、その指針という意味で、いまだにhideさんのことを考えると背筋が伸びるような気持ちになったりしますね」


掲載: 2013年12月11日 18:01

更新: 2013年12月11日 18:01

インタヴュー・文/宮本英夫