Henrik Schwarz Instruments
©Pere Masramon/Red Bull Content Pool
クラブ・シーンの奇才が挑む、 脳が踊るオーケストラ
ヘンリク・シュワルツは2000年代以降のテクノ/ハウス・シーンにおいて、世界中のクラバーやDJから最も注目を集めたアーティストのひとりである。電子音楽のみならずジャズ、ワールド・ミュージックなどさまざまな音楽に精通。近年ではベルリン国立バレエ団によるコンテンポラリー・ダンス『Masse』のサウンドトラック、またハウシュカ(フォルカー・ベルテルマン)とのピアノ・デュオなど、キャリア初期からの特性であった豊穣な音楽性をさらに拡張し続けている。
そのなかでも特に野心的な取り組みといえるのが、ヘンリク・シュワルツ・インストゥルメンツ=彼自ら率いる27人編成のオーケストラだ。その日本初公演が2013年11月1日、レッドブル・ミュージック・アカデミー・ウィークエンダーのオープニング・パーティーで実現した。本インタヴューは東京・築地本願寺本堂でのコンサート終演直後に行われた。
──これまで発表してきたエレクトロニック・ダンス・ミュージックの楽曲をアレンジし直して、オーケストラで演奏するヘンリク・シュワルツ・インストゥルメンツは、どのようにスタートしたのでしょうか?
「自分の作った曲をオーケストラで演奏してもらうことがずっと夢だったんだ。そんななか、2010年にストゥットガルトの野外フェスティヴァル『JAZZ OPEN』で、オーケストラとの共演を誘ってもらった。でも、僕はDJがオーケストラと一緒にやるようなパフォーマンスは絶対にやりたくなかったんだ。そういうのは、両方の音楽を台無しにしてしまうからね。僕は、自分の曲をオーケストラ用に新しく書き直してみたいと思った。そこでヨハネス・ブレヒト(ヘンリク主宰のレーベル『Sunday Music』所属のエレクトロニック・アーティストで、クラシック音楽教育を受けたベース・キーボード奏者でもある)に相談して、譜面を起こす作業は彼に手伝ってもらった。そして30ピースのストリングス・オーケストラではじめてリハーサルをやったんだけど、弦で最初のコードが弾かれた瞬間に『あぁ、僕がやりたかった音楽はこれだ』と強く思ったんだよ。肝心のフェス本番は、雨で中止になってしまったんだけど(笑)」
──クラブとコンサート・ホールでは音楽のスタイルが大きく異なると思いますが、オーケストラでは何を意識しますか?
「自分としては、クラブでのプレイもオーケストラでの演奏も、それほど大きな違いはないと思っているんだ。音楽を作る上では、まずその根本となるアイディアやコンセプトがあるよね。それはとても曖昧なものだけど、コード、メロディ、ビート、音色、そういったものを用いて、自分の中にあるものをどうにかして音楽という形で表現しようとするんだ。だから、同じひとつのアイディアから生まれた表現であれば、どのようにプレイしようと同じインパクトが与えられるはずだよね。もちろんクラブでプレイする時は僕も汗だくになってエネルギッシュに表現するし、お客さんもたくさん踊ってフィジカルに楽しんでくれる。でも、実はオーケストラでも同じだと思うんだ。コンサート・ホールでは身体は動かせないけど、その代わり頭の中でダンスが巻き起こるというか、脳そのものが踊り出す(笑)。僕がやりたいのはそういう、クラブであれホールであれ、聴く人にインパクトを与えるような音楽なんだ」
©Pere Masramon/Red Bull Content Pool
──あなたの楽曲はテクノ/ディープ・ハウスとして作られたものですから、ひとつのフレーズがひたすら反復する構造ですよね。例えば今夜最後に演奏した《I Exist Because Of You》のオリジナル・ヴァージョンでは一小節のベースラインが一曲を通じて延々とループしますが、オーケストラでは同じフレーズが、ヴィブラフォンの反復演奏に置き換えられていました。そのアレンジによって元曲の旋律の美しさをより意識できましたし、ヴィブラフォンの短いフレーズの過剰な反復が独特の酩酊感を生み出したように感じました。あなたの言う「脳そのものが踊り出す」というのはそういった感覚でしょうか。
「全くその通りだね。僕自身、クラブ・シーンでかなり長い時間を過ごしているから、週末にクラブに行くことは大きな愉しみなんだけど、例えば火曜日の夜なんかには、オーケストラを聴きに行きたいと思うこともある。でもコンサート・ホールで演奏される曲は、必ずしも自分が好きな音楽ばかりではないとも思っていた。だから僕のオーケストラ・プロジェクトは、自分と同じようなダンスミュージック・ラヴァーが、クラブで音楽を楽しむのと同じようにコンサート・ホールを楽しめる音楽を作ること、なおかつクラブとは違った音楽体験が味わえるような世界を作り上げることを目的としてスタートしたとも言えるね。今回は築地本願寺という素晴らしいロケーションにも恵まれて、さらにいろんなアイディアも生まれた。このプロジェクトはまだまだ発展していけると思うんだ」