ロックに年の差はあるのだろうか? 都内某所の居酒屋で夜ごと繰り広げられる〈ロック世代間論争〉を実録した連載がスタート!
僕は阿智本悟。大学卒業と同時に生まれ育った北国を離れ、昨日東京に越してきたばかり。いわゆるフレッシュマンというやつだ。就職先に東京を選んだ理由はいくつもあるけど、やっぱりいちばんはそこに〈ロック〉を感じたからかな。中3の時にストロークスを通じてロックを知り、以来、僕はロックに人生を捧げると決めたんだ! だからこそスキニー・ジーンズを「Gパン型スパッツ!」と言って笑いやがった地元のアホ連中に別れを告げて、心機一転東京にやって来たのさ。が、しかし、僕が就職先に選んだ北区は、想像していた〈東京〉のイメージとあまりにもかけ離れた土地だったわけで……。
阿智本「憧れの〈東京〉はいったいどこ? 来日中のアーティストはどこにいるんだ? ディオール・オムはどこで買えるんだよ! ロケしてる芸能人なんて見当たらないじゃないか! 生のエビちゃんを拝みたいぜ」
僕は失望感に打ちのめされ、とぼとぼと荒川の河川敷を歩いていた。その時、ふと流れてきた音楽に足が止まった。
阿智本「うん? こ、このメロディーは! 間違いない、ランブル・ストリップスだ!!」
驚いた。間違いなくランブルなのに、この僕ですらまだ聴いたことのない楽曲だったからだ。新曲?
阿智本「荒川でランブルだなんて、まるでテムズ川を意識しているかのようじゃないか! 一回失望させといてこのロックな展開とは、クールだぜ(ニヤリ)」
僕はランブルの新曲(?)が大音量で流れる建物に向かって駆け出していた。
阿智本「〈居酒屋れいら〉? 居酒屋かあ」
きっと最新のロック好きが集う、超オシャレな隠れ家的ダイニング・バーに決まってる。興奮を抑えることができない僕は、〈居酒屋れいら〉の引き戸を開けた。
阿智本「い、いま流れてるのは、ランブル・ストリップスの新曲ですか!?」
ボンゾ「ストリップだと? どこに目ぇつけてんだ! ウチは居酒屋だ!!」
白髪のオールバックに口髭、それにレイバンのティアドロップ。そんなオシャレとは程遠い出で立ちのオッサンが、僕をサングラス越しに睨みつけてきた。
阿智本「〈ストリップ〉じゃなくて、ランブル・ストリップスですよ! 川繋がりでテムズ・ビートとかけたんですよね!? で、いま流れている曲はいつ出るんですか?」
ボンゾ「言っている意味がサッパリわからねぇ。こいつはニック・ロウの『Jesus Of Cool』だぜ。ブリンズレー・シュウォーツ解散後の78年に発表した、記念すべきソロ・デビュー作だ。ウチの店にはちょっと新しすぎたか? がははははは!」
ニック・ロウって誰だ? テムズ界隈にそんな人はいないぞ。でも、パブ・ロックなら本で読んだことがある。確か70年代のUKパンク・シーンに影響を与えたとか。それにしてもこの曲、なかなかイイ!
阿智本「ポップでエモくて、まるでシャーウッドみたいだね。おじさん、生中ひとつ」
ボンゾ「俺のことは〈ボンゾさん〉って呼びな。あとな、俺は大のジャイアンツ贔屓だからエモやん(元阪神タイガースの江本孟紀のこと)の話なんかするんじゃねぇぞ。はい、生中一丁。じゃあこれはどうだ? ニック・ロウがデイヴ・エドモンズと結成したロックパイルだ。メンバーは『Jesus Of Cool』でもバックを固めているぞ」
これまたエモい! クソ~、なんだか悔しくなってきた。でもこれなら、僕がいまイチ押しているワン・ナイト・オンリーのほうがイケてるんじゃないか?
阿智本「ボンゾさん、ちょっとこのCDかけてみてよ!」
ボンゾ「バカヤロウ、いまロックパイルに替えたばかりじゃねえか! 大体ウチは〈本物のロック〉しか流さないんだよ!」
ワン・ナイトが本物じゃないとでも!? なんなんだこのオヤジ! 頭ごなしに僕の知らないロックばっかり聴かせやがって!
阿智本「オシャレな店かと思ったら、客も僕1人しかいないし、ボロボロのチケットの半券だの、ヨレヨレのレコードだのが壁にかかった、薄汚い居酒屋じゃないか!」
ボンゾ「な、なんだと~! もう1人いた客は、お前がウルサイからさっき出ていっちまったんじゃねえか! 営業妨害だぞ、コノヤロウ! カネはいらねぇ、お前もとっとと出ていけ!!」
阿智本「言われなくても出ていくよ! こんな店、二度と来るか!」
そう言い捨てて僕は店を飛び出した。涙で濡れた頬に、東京の夜風はまだ冷たくて……。