続々とリイシューされる幻の名盤や秘宝CDの数々──それらが織り成す迷宮世界をご案内しよう
〈居酒屋れいら〉に若者が入って来て騒がしくなったので店を後にした。私は内山田百聞。売れない三文作家であるが、道楽のリイシュー盤収集にばかり興じているゆえ、周りからは〈再発先生〉などと呼ばれている。そのあだ名を自分でもまんざら悪くないと思っているから始末に負えないのだが……。
さて、店を出た私が夜霧に包まれた荒川べりの公園で一服吹かしていると、知らぬ間に隣のベンチに腰掛けていた男が、唐突に話しかけてきた。
「もし、あなたは再発先生じゃございませんか? ああ、やはりそうだ。実は私も同じ道楽に明け暮れている者でして、ぜひ私の収集した逸品を先生にご覧いただきたいと常々思っていたのですよ」。
一方的に喋り続ける男は唖然としている私を尻目に、いきなり懐から何枚かのCDを取り出した。
「私はいにしえの英国ロックに目がございませんでしてね、へへ。まずは元アニマルズのエリック・バードンが74年に録音した『Mirage』(Universal/ストレンジ・デイズ)。実はこれ、映画のサントラなんですがね、映画自体がボツになりまして、当然サントラもお蔵入りしていた幻のブツなのです。
ボツといえば、ジョージー・フェイムの未発表アルバム『Daylight』(77年制作)の音源を多数収めた2枚組の編集盤『Geogie Fame』(Island UK/ユニバーサル)も驚きですよ。この頃の彼は蕩けるようにポップでございますね。フェイムの盟友といえばヴァン・モリソンですが、彼の諸作もボーナス・トラックを追加して続々リイシューされてますな。
なかでも私は70年代の最後を飾る佳作『Into The Music』(Polydor/ユニバーサル)が好みでして。
さらに渋いところだとアンディ・フェアウェザー・ロウ率いるフェア・ウェザーが唯一残した70年のアルバム『Beginning From An End』(Neon/Esoteric/シュガーマウンテン)も英国スワンプの秘宝といえましょう。
おお、そうだった! クリームのラスト・ツアー時のライヴ音源『The Farewell Tour 1968』(Woodstock Tapes)が発掘されたのはご存知ですか? 私などもう感無量で、それこそ涙が出るほど嬉しい一枚でした。……おや!? 川上から何やら流れてまいりますな、アザラシのタマちゃんでしょうか?」。
男の言葉でふと荒川を眺めてみたが、どんなに眼を凝らしても何もない。ふたたび男のほうを振り返ると、そこにはただただ濃密な夜の闇だけが充満していて、男の姿など影も形も見えなかった……。