■里帰り
ふたたび6Fのバー・スペースに戻ると、鈴虫の鳴き声が。壁面には民族調のタペストリーやアンティーク風のコサージュが飾り付けられ、灯篭の明かりがフロア全体を温かく包み込んでいる。トルネード竜巻帰りの観客でフロアがごった返すなか、ステージ(と目されたエリア)に登場したのは3人。ヴォーカル&ピアノのゆり、ヴォーカル&アコースティック・ギターの淳平、ベースの心太による演奏は、ゆりが火を点したお香の匂いが立ち上るなかでスタートした。
写真/阿久澤拓巳
「ゆっくり聴いていってくださいね」
歩く速度で奏でられる3人のアンサンブル。シャララランと軽やかに響くウィンドベル。幕開けは“小鳥”だ。素朴な淳平の声と可憐なゆりの声が交互に紡ぐメロディーが耳に心地良い。彼らの音楽に触れたのは今回のライヴが初めてだが、アコースティックな編成で歌をしっかりと聴かせるトリオという印象。特にヴォーカルの2人によるハーモニーの美しさには聴き手の胸の奥にグーッと迫る力強さがあって、コーラスワークが飛び出すたびに、フロアの後ろで雑談に興じていた観客たちの会話がふと止まり、聴き入っているのがわかる。続いて披露されたコンピ収録曲“涙の音”はそんな彼らの美点をはっきりと確認できる逸品。音源ではチーナの柴と林がヴァイオリンとコントラバスで彩りを添えているが、削ぎ落とされた3人ヴァージョンだとメロディーの良さがよりダイレクトに伝わってくる。
「けっこう、おっきい音のバンドさんの後に、静かな感じの私たちなんですけど、どうぞ最後まで聴いていただけたら嬉しいです。お願いします」
ゆりによる奥ゆかしいMCに続いたのは“サイダー”。〈しゅ、しゅ、しゅわ、しゅわしゅわサイダー〉という軽快な掛け合いが微笑ましい。
「colla discの〈colla〉はコラボレーションの〈コラ〉なんですって。知ってましたか? 皆さん。これは本当かどうかわからないんですけど、ウチのボスが言ってたんで、もし間違ってたらボスに言ってください(笑)」
それ、たぶん合ってます……と心中で返事をしているうちに始まったのは“変幻自在”。ゆりの声を堪能できるピアノの弾き語りに近い構成だが、そのぶんサビのハーモニーが際立ち、ふっと気持ちを持っていかれる感覚に陥る。
「人がいっぱいで、きっと、久しぶりに会う人たちもこのなかにいると思うんですけど、きっと、話したいことたくさんあって、会いたい人がいてここに集まってると思うんですけど、どうか最後の曲を聴いてください。一生懸命歌います」
ふたたびウィンドベルの繊細な音色によって導かれた今回のイヴェントのエンディング・テーマは、“どら息子、地元へ帰る。”……これは、いま地元から離れている人なら誰でも強烈なノスタルジーに襲われる楽曲ではないだろうか? タイトルから想像される歌のテーマもあるが、遠い記憶をくすぐるような懐かしいメロディーを辿っているうちに、うっかり人前で泣きそうになる。歌っている2人も声を震わせており、バンド全体の控え目な佇まいの裏にある熱がしみじみと伝わってきた。
童謡のようにすんなりと聴覚を捕える歌が終わった途端に、フロア全体からは温かい拍手が。そして、ゆりのMCにもあったように、colla discの10周年を祝うべく集まった人たちの談笑は尽きることなく、その後、長い時間に渡って続いたのだった。
▼本文中に登場したアーティストの作品