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インタビュー

Pearl Jam

〈闘士〉と呼ばれた彼らが対峙していた虚像。あらゆる悲劇を乗り越え、〈ロックンロール・バンド〉に変貌を遂げたパール・ジャムが新作『Riot Act』を発表する!!

壊れたタイプライター 


 倉庫を改装したスタジオの一角、カーテンで仕切った落ち着いたリヴィング・ルームのような空間で、エディ・ヴェダーは年代物のタイプライターに向かってなにやら文字を打ち込んでいた(彼らのファンクラブ向け小冊子「Manual For Free Living Vol.19」の巻頭にあるエディのコラムに添えられた写真にも、その時とまったく同じたたずまいのエディが写っている)。そして、インタヴューのために入室した僕らに視線を移し、笑顔でこう話しはじめるのだった。

「修理に出していたやつが、やっと返ってきてね。こいつは俺の大事な道具なんだよ。これに向かっていると頭の中が整理されていくというか……。歌詞もこれで書くんだ」。

 そう、このエディの分身ともいえるヴィンテージ・タイプライターから生み出された言葉と、豊かな陰影とエモーションに満ちたシャープなロック・サウンドに彩られたパール・ジャムのニュー・アルバム『Riot Act』が、いよいよ完成したのである。

 間に、ツアー全公演のライヴ・アルバム化(全72枚)という怒濤のリリースを挟み、オリジナル・アルバムとしては『Binaural』以来2年半ぶりとなるニュー・アルバム。このインターヴァルはさほど長いものではないが、それは彼らにとって激動ともいえる期間だった。『Binaural』発表直後のヨーロッパ公演で起こった〈ロスキルド事件〉(デンマークのロスキルド・フェスティヴァルにおいてパール・ジャムのパフォーマンス中に9人の観客が圧死)。異を唱え続けたブッシュ政権の誕生。そして、〈9.11〉のテロ事件……。ツアー中、そしてツアー終了後の長い休暇中に起きたこれらの出来事がエディ・ヴェダー、そしてパール・ジャムの音楽になんらかの影響を与えたことは間違いない。

「〈9.11〉のテロにしても、言葉にできないくらいとても難しい事件だったね。バンドとしてもロスキルドの悲劇を経験して、人が亡くなってしまうこと、そしてそれが家族や友人たちに与える影響などを目の当たりにしていたから……。なんて言ったらいいか……人生が変わってしまうんだよ。でも個人的には悲嘆の時期を乗り越えて、次の段階に移っていた。さまざまな事件や、そのなかで考えたことを歌詞に反映させたい、とね」(エディ・ヴェダー、ヴォーカル)。

 たとえばリード・シングルとなった“I Am Mine”を筆頭に、アルバムのいくつかの楽曲には彼らが経験したさまざまな事件をイメージさせる描写を認めることができるだろう。

「宗教の違いや指導者への忠誠心が何を引き起こすのか、とかね。でも、それだけじゃなく、さまざまなことが反映されていると思うよ。俺を含めて、人々はいま、アメリカ人としての自己を省みるときだと思うんだ。そして消費者としての自己もね。たとえば、世界の人口のたった20%(アメリカのこと)が世界中の資源の80%を消費している。あるいは、コカコーラは12種類から選べるんだから、選挙で大統領候補が2人しかいなくたって気にしない、なんて風潮とか(笑)。いまの社会では、物事に関するプライオリティーがおかしくなってるんだよね。〈9.11〉のテロをきっかけに、世の中が自己の見直しや子供たちの将来のことを考えて物事の根本を考え直すようになると期待したんだけど、残念ながらそうはならなかった。むしろブッシュは次にイラクを攻撃しようとしてるじゃないか。やたらと恐怖心を煽ることで戦争を正当化しようとしてる。でもわれわれの軍隊が無差別に爆弾を落とすのを横目に、普通に生活できる? それが世界のコミュニティーの一員としての最善の参加の仕方なのかい? とはいっても、パール・ジャムはただのロック・バンドさ。世界を変えるつもりか?と訪ねられたら〈ワォ!〉と答えるだけだよ(笑)。俺たちは、ただ自分たちの頭や心の中にあることをレコードに反映させているだけだ。提案はする。でも判断はみんながしてくれればいいと思ってる」。

 そうした〈提案〉をするうえでもっともエネルギーを注いだのは「なぜ、こんなことが起こってしまったのか?なんだ」とエディは言う。そのせいだろう、難解なことにかけては群を抜くエディの歌詞が、今回、かなり直接的な表現へと変化を遂げているのだ。

「以前は、なぞなぞのような歌詞を書くことが楽しくもあったんだ。賢く見せたくて、難しく書いていたのかもしれない(笑)。でもいまは、コミュニケーションをとることが大事だと思っているし、みんなとアイデアを共有したいと思っている。いままでは成長の過程だったのかもしれない。その過程を経て、コミュニケートしたいと思うようになった。だからなのかな、自分でもよくわからないんだけど、〈Love〉という言葉も使えるようになったしね」(エディ)。

 もしかしたら、これがいちばんの驚きなのかもしれない。このアルバムに収められているハイライト・ナンバーのひとつ“Love Boat Captain”には、こんな一節がある。〈Love Is All You Need, ...../All You Need Is Love, ....〉。

「そうそう。やっぱり歌うのはちょっと抵抗があるけど(笑)、それより伝えることが大切だからね」(エディ)。

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2002年11月28日 12:00

更新: 2003年02月07日 15:14

ソース: 『bounce』 238号(2002/11/25)

文/染野 芳輝