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インタビュー

KICK THE CAN CREW

数々のシングル・ヒット~紅白初出場と上がり続ける彼らの勢いをパックした新作『magic number』がいよいよ到着。2003年の幕開けに相応しいこの傑作のうえで開催されるのは、最高級の大と中と小のSHOW!!

俺たちはやりたいことをやってる


ジャンルやカテゴリーは打ち破られることで広まってゆく。既成概念や方法論に囚われない自由な発想がそれまでにない新しいオリジナルなスタイルを生んでいく。そもそも、古くは黒人音楽のブルースと白人音楽だったカントリーが融合して生まれたと言われているのがロックンロールである。ひとつのスタイルが認知されると、そこに留まらずにさらに新しい地平に進んで行こうとするパイオニアが生まれてくる。いま、ヒップホップというジャンルの最前線でそうした役割を担っているのがKICK THE CAN CREWだろう。彼らはヒップホップのコアなファン以外の耳にも強烈にアピールすることに成功している。

「でも、俺たちは6年前からそうでしたよ。ヒップホップを聴く人たちだけに作っているつもりもなかったですから。ただ昔は、ヒップホップを聴いている人以外聴いてくれなかったし、CDの数もほとんどヒップホップを聴いている人の数しか作ってなかったから、〈普通の人にも届く音楽〉と言われても、そういう状況じゃなかった。いまは、そういう状況になった、ということだけですね」(LITTLE)。

2002年のキックの活躍はめざましかった。1月のシングル“マルシェ”にはじまり、フル・アルバム『VITALIZER』、さらにシングル“ONEWAY”“sayonara sayonara”“アンバランス”“地球ブルース~337~/DJDJ(for RADIO)”“TORIIIIIICO!”と、矢継ぎ早のリリース。そして、夏の野外イヴェントやヒップホップ発祥の地ニューヨークでのライヴ、初めての武道館ワンマン公演、その締めくくりが大晦日の紅白歌合戦ということになった。それだけではない、年が明けて2003年の元旦には、メジャー2枚目のフル・アルバム『magic number』がリリースされる。一年の締めくくりと新しい出発。怒濤の快進撃だ。

「年表みたいに挙げていくとけっこういろいろやって、長かった気もするけど、全部同時にやってましたからね。ニューヨークでも帰ってからの仕事の打ち合わせがあったり、アルバムのときも“地球ブルース~337~/DJDJ(for RADIO)”が並行してたり。武道館のときはアルバム制作中だったりと前後に重なってたから。アルバムが出来上がりましたと言ったら、次の日からプロモーションで(笑)。達成感とか味わう余裕なかった」(LITTLE)。

「忙しかったっすね。あんまりいろんなこと考えなかったっすけど、ステップアップしてないとね。キチンとしたものが出来ればいいなというだけっすね」(MCU)。

「やりたいことやってると思ってもらえるのがイイですよね。実際、俺たちはやりたいことをやってるんで。今回はこうきたか、と思ってもらえるのがうれしい。それと俺は親孝行がしたいですね。武道館とか紅白とかもそれに尽きるという感じで。そんなに大それたものじゃないですけど(笑)」(KREVA)。

各メンバーのソロ・ワークの一部を紹介

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2003年01月09日 10:00

更新: 2003年01月22日 13:24

ソース: 『bounce』 239号(2002/12/25)

文/田家 秀樹