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インタビュー

ゆらゆら帝国(2)

どんどんエスカレートしちゃって

「よく言うことなんですけど、僕はスーサイドとカーペンターズをいっしょに聴く男なんで。このアルバムもパッと聴き、そういうふうであるんだけど……最初は〈しびれ〉が〈変態〉で〈めまい〉が〈名曲〉とかいって分類して作ってたんですけど、出来上がりが近づいてくると、むしろ〈めまい〉が〈変態〉で〈しびれ〉が〈名曲〉なんじゃないか?とか……」。

順序はどうであれ、この2枚を何度も何度も通して聴いていると、気力・体力・時の運・その他モロモロによってか、その都度その都度、聴き手の脳にパラレルな印象が浮かぶのはたしか。素っ頓狂なシャウトがミョーに泣けたり、地獄のようにダウナーなテンポに興奮したり、感動的なギター・ソロに大爆笑したり……っていうか、俺が聴いてるのはそもそもいったいなんだっけ?

「前の『ゆらゆら帝国III』が、結構バンド・サウンドから離れてて、これ以上やると……どうなんだろう?って思って、完成後に。あれはあれで良かったんですけど、あれ以上エスカレートすると、どんどん〈ライヴ〉から離れたものになっていくんじゃないか?ってことになって。今回は〈ライヴの生演奏をスゴい不気味な音の質感とか定位で録ったヤツ〉っていうのを考えたんですけど、作業をしていくうちに、前回以上にライヴからかけ離れてしまったというか……スタジオでやってるとどんどんエスカレートしちゃって、普通のイイ感じじゃちょっと満足できなくなって……こうなっちゃいましたね(ニッコリ)」。

その〈普通のイイ感じ〉がまたクセモノでして。とくに〈めまい〉にそれは顕著。もうホント、普通にイイ感じに聴いちゃうこともぜんぜん可能なワケですよ。だけど、なんか……すっごいウマいドーナツの穴のみを食べてる気分というか……〈ゆらゆら帝国〉というバンドの肉体性が実に希薄な感じで。昔のマンガによくある、悪の黒幕が実は脳みそだけの存在だった、という事実を知らされたときの感慨に近いものがあります。

「バンドでスタジオ入ると体力的なものとかが出てしまうんで、今回はそれを消したかったっていうのもデカいんですよね。だから、プレイヤーとしての快感とか、そういうのは二の次っていうか……〈気持ちのいい演奏=濃いCD〉っていうのとは、また違うんですよね。“恋がしたい”とかも……スゴいですよね。家でもよく聴くんですけど、ホントに誰の曲だかわかんないって感じでね。なにやってんのかわかんない感じがまた、気に入ってんですけど」。

その“恋がしたい”でありますが、他の少なからぬの〈めまい〉収録曲同様、他人(女子)にメイン・ヴォーカルを担わせた〈これ誰のCDだっけ?〉度の高い楽曲でして。武田カオリ(Tica)嬢の無機質かつ印象的な声と坂本の粘着質な声が絡み合う様は、ゲンスブール・フレイヴァー溢れるサウンドと実にマッチ。続く〈夏の終焉ソング〉特有の甘酸っぱさにあふれた“通りすぎただけの夏”などとともに、ゆらゆら帝国サウンドに特徴的な〈洗練〉を印象づけられます。かつての渋谷系リスナーが少なからずゆらゆら帝国に流入しているという事実は、オシャレ・アンテナにもゆらゆら帝国が引っかかりうるということを物語ってはおりますまいか。

「オシャレ? それはどうかなあ?……だとしたら、まだまだ俺は甘いってことですね(ニヤリ)。まあ〈渋谷系〉全盛のときとか、それこそ〈なんで俺の好きなレコードばっかり……好きなレコードいっしょなのに、なんでここまで違うのか!?〉とか思ってましたしね(ニッコリ)」。

なんで?と言えば、それはオシャレをめざした音楽ではないからでありまして、楽曲にオシャレなムードが漂っていたとしてもあくまでもそれは結果論、安い言い回しで恐縮ですが、バンドは実に〈自然体〉なのであります。

「今回、タイトルとか歌詞とかね……マジが入ってますね。結構つじつま合ってるというか……わざとナンセンスにみせるとか、今回はないですね。あと、もうちょっと人情入れちゃうと、どうしようもない昼メロみたくなっちゃうし。男の歌詞を女が歌うっていうのがまた、ソソるんですよ!……全精力を投入しましたから、そういういろんなソソるヤツのパターンを」。

▼ゆらゆら帝国の近作を紹介。

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2003年03月06日 12:00

更新: 2003年03月27日 15:54

ソース: 『bounce』 240号(2003/2/25)

文/フミ・ヤマウチ