キリンジ(2)
世の中の音と近づきつつあるのかな?って
そう二人が感想を語る『For Beautiful Human Life』は、これまでのキリンジにあたりまえのように心酔してきたリスナーにとっても〈新しいキリンジ〉をそこかしこに聴きとれるものであり、さらにはキリンジ・サウンドを構成するさまざまなパーツにいままで以上の力強さを感じさせられる作品になっている。力強さ――それはたとえば、チャート上位にタイトルを連ねるヒット曲にあるような〈くどい〉〈しつこい〉とも言えそうな力強さにすら埋もれないぐらいの……いや、もちろんキリンジの音楽がくどくなったというわけではないわけで……。
「『ペイパードライヴァーズミュージック』を出したころは、世の中の音がバキバキだったと思うんですよ。歪んでたりとか。僕らの音は、70年代っぽい質感が欲しいなあって思ったりもしてたし、すごくソフトなサウンド、柔らかい音だったと思うんですよね。それが『3』ぐらいから、そういうことに興味がなくなってきたというか。それよりも、ラジオとかで流れたときにしょぼいと思われないほうがいいと思って。有線とかでキリンジがかかると、そこだけレヴェルが下がったような感じがあって、それは前からイヤだなあって思ってたことなんですよね。最近、世の中の音もレヴェル競争みたいなものがどんどんなくなってると思うんですけど、僕らのほうは、もっとエッジが欲しいなあって思ってたりもするから、そのへんで世の中の音と近づきつつあるのかな?って」(高樹)。
……そうそう、そういうことが言いたかったわけですよ、こちらも。だからってわけではないですけど、キリンジの音楽は今後さらに、いままでだったら想像し難いところでも受け入れられていけそうな感じがするんですよね。それこそ女子高生なんかにとっても〈ありえな~い〉音楽ではなさそうだし、ファッション雑誌の特集に振り回されながら日々をエンジョイしているようなOLさんたちの心もグッと掴むような……そういったことがあたりまえになる状況が、より現実的に。
「どうだろうねえ(笑)」(泰行)。
「今回は、わりと音的にも若々しいというか、フレッシュな感じはするけどね。老成した感じはないよね。老けて見られてたヤツがやっと年相応になった感じかな(笑)」(高樹)。
「でも、フィクションや絵空事も含めて、僕らは自分たちの立場で物を作ってるから、20歳そこらの人が、それを自分の生活のなかのテーマ曲として聴くというのは難しいところもありますよね。やっぱ、30過ぎの人間が作ってて、そこには苦い要素も入っているわけだから。ただ、それを映画とか楽しむような感覚で聴いてもらえると、きっと共感してもらえる部分はあるんじゃないかなって思うんですよね。そういうのが、フィクションならではの良さっていうか……聴いてもらえるといいよね」(泰行)。
『For Beautiful Human Life』は、これまでキリンジの音楽に寄り添ってきた方にとっても、これから近寄ろうと思っている方(女子高生歓迎!)にとっても、必ずや生活を美しく彩ってくれるであろう……と、恥ずかしげもなくまんま言わせてもらいたい。そう堂々と言いたいぐらい『For Beautiful Human Life』に収められた音から窺えるアーティストとしての充実感の伝わりはハンパなく強いものだからして。
「やっと普通のミュージシャンになってきたなあって感じはありますね」(高樹)。
「シンプルな言葉で、以前よりも多くのニュアンスや強い意味を表現できるようになったり……〈心・技・体〉がいちばん揃ってる感じがしますね。『Fine』をリリースしたときにも、周りのスタッフからそういったことを言われたことがあったんですけど、今回の場合は、自分たちでもそういうふうに思えてますから」(泰行)。
カテゴリ : インタビューファイル
掲載: 2003年09月25日 14:00
更新: 2003年10月09日 18:16
ソース: 『bounce』 247号(2003/9/25)
文/久保田 泰平