SAIGENJI(2)
キーパーソンはカシンとドメニコ
今作のレコーディングにおけるメンバー構成はいたってシンプル。基本フォーマットはSaigenjiのヴォーカル/ギターとドメニコのドラム、そしてカシンのベースと、シンセやキーボード、プログラミングなどのウワモノが乗る〈Saigenji+2〉。そこに曲によっては、カシンとの共同プロデュース・チーム=モノアウラルでベベウ・ジルベルトのリミックスなども手掛けているベルナ・セッパスのエフェクトや、リオ在住フランス人のステファン・サン・フアンのパーカッション、そして、ジョアン・ドナートの息子であるドナチーニョ(弱冠20歳!)のフェンダー・ローズなどが絡むスモール・コンボで、レコーディング作業は終始和やかに進んだ。
「キーパーソンは間違いなくカシンとドメニコ。彼ら2人だけでサウンドの骨組みはバッチリ、何の心配もなかった。特に印象に残っているのは“塩と奇跡”かな。日本で録ると普通のボサノヴァになっちゃうような曲なんだけど、なにかが微妙に外れているという。あのタイム感とかも彼らじゃないと出せないんだよ、上手い下手じゃなくてね。どんな素材でもユニヴァーサルな音に仕上げてくれたし、的確にポイントを外してくれるというか。とりあえず彼らの掌の上に乗っかってみて、気に入らないところは修正していけばいいかなという気分で」。
そんななかで、「どの曲もそこはかとなく変。彼らのストレンジな人柄を反映しているかのような」個性豊かな存在感を放つ全9曲が完成した。いきなりカシン節全開の奇抜なアイデアが次から次へと放り込まれた冒頭曲“Breakthrough the Blue”はフロア・ヒットも狙える爽快&キャッチーな仕上がりだし、一聴するとシンプルなジャズ・ワルツだけど、口でのトロンボーン4重奏やバート・バカラックのような可愛らしいコーラスが入っていて、だけども歌詞はちょぴりの毒っ気を孕んでいるという“Rhythm”。ズレズレのプログラミングとブラジル北東部のトラッドっぽいフルートの音色が絶妙にマッチしたサウンドの上で、Saigenjiお得意のポエトリー風ラップが炸裂している“増殖”は、アルバム中でも言葉遊びのアクロバティックさが目立つナンバー。この前半戦がさながら『ACALANTO』における〈陽〉サイドと言えそうだ。
「カシンがなにかを言い出して、俺がそのアイデアをより良くするためにこうするとか、あるいは、俺がアイデアを出して、それをさらに良くするために彼が動くという作業がどの曲も上手くいった。耳がいいし、勘もいいし、なにより本能が確かな人だからね。ドメニコもデモを2~3回聴いただけで〈あ~、わかった〉って。思いついたことをパーっとやって、最終的にミックスできちんとまとめちゃう。なんとも編集世代らしいというか」。
また、いまは亡きバーデン・パウエルに捧げられたギターとハイハットによるインストの佳曲“Sir Baden, meu mestre”、小気味良いAOR風の味付けが施された“Dois na madrugada”、アフリカン・パーカッションのユニークな音処理が効いている“Mirage”といった押し引きの妙も、今作でさらに洗練された印象を受ける。そして、静かにクールダウンしながらアルバムの幕を閉じるタイトル・トラック“acalanto”。
「〈acalanto〉=〈子守唄〉だけにね(笑)。意味合い的には原点回帰。これまでの3枚でひとつの流れが完結したような気がするので、『ACALANTO』から第2クールが始まるかなと。始まりも終わりもいっしょだという意味も含めてね。それと、弾き語りでも完結できる曲だけをこれからはやろうと思っていて。ちゃんとした骨組みがあれば、どんな装飾を施しても軸がブレることは絶対にないから、それだけはキッチリ守っていきたいなというのはあるかな。やっぱり、音楽はライヴでやってナンボだから」。
その言葉どおり、この夏のイヴェントなどで早くも“Breakthrough the Blue”がまったく新しくリアレンジされていて、まるで曲そのものが気持ち良さそうに大きく呼吸しているようだった。Saigenji自身が生来持ち合わせていた、さまざまなスリルを孕んだスピード感、それは時に地下鉄の電車のような規則正しいタイム感かもしれないし、もしくは商店街の人ごみのなかを自転車ですり抜けていくようなものかもしれない。そして今回のレコーディングを経て、そこにどのようなスピード感がヴァージョン・アップされているのか。その答えは――あなたの街に、この真性ライヴ人間、Saigenjiがひょっこり訪ねたときにぜひとも確認していただきたい。
▼Saigenjiの作品を紹介。
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カテゴリ : インタビューファイル
掲載: 2005年09月29日 12:00
更新: 2005年10月06日 20:11
ソース: 『bounce』 269号(2005/9/25)
文/佐々木 俊広