Boards Of Canada(2)
別の次元から流れてくる音楽
一方、音の骨格を支えるビートに関しては、初期作品で見せていたようなヒップホップ感覚もある。
「いい感じの上下感と心地良くダッキングする感じのノリを作り出す、あのタイトなスネアの音を得るまでには凄く労力を費やした。ウッディーでエフェクトをかけていないサウンドは、スティーヴィー・ワンダーのような70年代の作品でよく聴けたけど、ここではスロウダウンしたヒップホップのビートみたいなしっかりしたリズムにするために使ったんだ。僕らはパブリック・エナミーが『Yo! Bum Rush The Show』をリリースした頃にヒップホップにのめり込んだんだけど、実際にそういうビートをプロデュースしたいって思うようになったのは、93年にソウルズ・オブ・ミスチーフを聴いた時からだね」(マイク)。
クラウト・ロック、シューゲイザー、ニュー・スクール以降のヒップホップ……『The Campfire Headphase』の音の隙間からはさまざまな背景(や世代観)を見い出すことができそうだが、一方でそうした文脈はあくまでも〈気配〉を感じさせる程度に止められている。サウンドの総体はいつものように、水彩絵の具で何層にも濃淡をつけた風景画の如く、シンプルでおぼろげだ。例えばアルバムの終局を飾る“Farewell Fire”ではパイプオルガンのような荘厳な響きを聴けるが、それはオルガンそのものの音ではない。
「僕らが凄く凝った響きを持つ音をよく作るのは、それが何なのか簡単に聴き分けられないようにするためさ。オルガンみたいな音色のなかに人間の声や他の何かに聴こえる音でメロディーが入っているのって美しいと思うんだ。〈誰かがそれを弾いている〉っていうイメージを取り除いてくれて、別の次元から音楽が流れてくるっていう、魔法みたいな、現実から隔離された感覚を作り出してくれるからね」(マイク)。
川のせせらぎや、ヴィンテージな質感のノイズ。その音の背景にある〈現実から隔離された感覚〉とは、最近女の子の父親になったというマイクの言葉を借りるなら、こういうことかもしれない。
「子供の視点はおもしろい。例えば、蛇口から流れてくる水にずっと手を突っ込んでいたりさ。重力が水を下に引っ張っていることとかが、彼女にはまだ理解できないからね。僕らの音楽も、ふだん見えているものを振り返るような、そういった視点を常に意識しているから、たくさんの細かくて微妙な要素を取り込んでいる。だから、ヘッドフォンを着けて世界から自分を遮断した状態で聴いてもらえば、数多くの微小なディテールが露わになってくるんだ。それは世界を発見していく過程で、トンネルの中から見える外の光を無我夢中で見つめている子供の視線にも似ていると思うよ」(マイク)。
たいていの音楽は聴き尽くした──そう自負する方にこそ、この『The Campfire Headphase』を、ぜひヘッドフォンで聴いてもらいたい。目の前にあるものを不思議と思える、そんな感覚をBOCがきっと呼び覚ましてくれるだろうから。
▼関連盤を紹介。
カテゴリ : インタビューファイル
掲載: 2005年10月27日 18:00
更新: 2005年11月04日 18:05
ソース: 『bounce』 270号(2005/10/25)
文/リョウ 原田