インタビュー

Radiohead

美しければ美しいほど、リスナーを哀しくさせる音楽――止まらない環境破壊に、混乱を極める世界情勢に、いま〈怒り〉とは別の方法でロック界のカリスマは私たちに何かを訴えかけようとしている

いまでも凄くこだわっているんだよ


 レディオヘッドがニュー・アルバム『In Rainbows』を無料ダウンロードでも聴ける形で発表したのは、去る2007年10月。世界的に大きなニュースとなった。そして巻き起こった論争。ショッキングなトピックばかりが目に付いた。例えば〈これはレコード会社を終焉に向かわせるための革命なのか?〉とか〈英語のサイトで使えるクレジット・カードを持っている人しか入手できないのは、これまでのバンドのオープンマインドに反する行為なのでは?〉とか……。一枚のアルバムをリリースすることで議論を巻き起こし、考えるヒントを与えるというのは流石レディオヘッド。とはいえ、それらは彼らが本来意図していたリリースへの想いとは、少し違う形での認識のされ方だったようだ。

 思い出してみてほしい。レディオヘッドはトム・ヨークの学生時代からの友人であるスタンリー・ダンウッドにずっとアートワークを依頼し、『Amnesiac』の特別盤ではグラミーの〈アートワーク賞〉を獲得したほど、ずっと視覚面も重要視してきたバンド。だからこそダウンロードの話ばかりが騒がれている今回も、同時に限定リリースされる豪華ボックス・セットの予約受け付けを開始している。

「フィジカルなもの、そしてアートワークに関しては、いまでも凄くこだわっているんだよ。だからこそ今回は豪華ボックス・セットの他に、普通のCDとアナログのリリースもあまり間を空けずにやるわけさ。アートワークがあることは大事だと思うし、実際に手に持てるものが目の前にあることは、とても大切だと思うよ」。

 オックスフォードと東京間を電話回線で繋いでのインタヴューで、トム・ヨーク(ヴォーカル/ギター:以下同)はほのぼのするような口調と笑顔を湛えながら、そう教えてくれた。地元からの中継だからか、取材には娘のアグネスもいっしょに登場。小さな娘に「ほらごらん、画面の向こうは東京なんだよ」と話したり、あやしたりするトムの姿は何とも新鮮だ。一方で大好きなお父さんの側から一瞬たりとも離れたくないお嬢ちゃんは、インタヴュー中もずっとトムの横に座ってお絵かきをして遊んでいた。彼がどれだけ子供を大切に育てているかがよくわかる。

「ダウンロードをやったことに関しては、あれは自分たちの手によって音楽を同時発信できるおもしろい方法だと思ったのがまずひとつ。それから、興味を持ってくれる人たちに直接提供ができるという魅力があったね。で、それがやれる環境が整っていたので実行した、というか。既存のものに取って代わる新しいリリース方法というよりも、個人的にはむしろラジオだったり、子供の頃にカセット・テープを友達同士で交換していたのに近いものだと思っているんだ。なぜなら良い面もたくさんあるのは確かで、地元のオックスフォードには良いレコード屋がなくて、ロンドンにもそこまで頻繁には行かないから……だから(ダウンロードは)新しい音楽を発掘するのに凄く便利だと思う。ただ、結局は(音楽の)すべてを経験できないし、完全には満たされないんだ。僕だけがそうなのかもしれないけどね。それにMP3は音質がどうしても劣るよね(笑)」。

 そう、そこはやっぱりミュージシャンであり、長年の音楽愛好家。先頃、PJハーヴェイも〈私はフィジカルの手触りが大好きだから〉と発言していたが、レディオヘッドのダウンロード・リリースは決してフィジカルなもの(CDやレコード)を否定しているわけではない。それどころか、お金を払ってまで聴きたくないけど……という非レディオヘッド・マニアや、ニュースを聴いて興味を持ったけれど日常では音楽にさほど親しんでこなかった人にまで手軽に自分たちの音源を届け、そしてその中から音楽そのもののファンがひとりでも多く増えれば……という、壮大な野望を秘めた挑戦である気がしてならない。


レディオヘッドのアートワークなども収めた、スタンリー・ダンウッドとDrチョークの画集「Dead Children Playing」(Verso)

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2007年12月27日 22:00

ソース: 『bounce』 294号(2007/12/25)

文/妹沢 奈美