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インタビュー

キセル 『凪』

 

静かに、穏やかに、夢と現実の間をフワフワと行き来させられるような音楽。しかし新作からはこれまで以上に心を掴む何かがある。それはいったい何なんだろう……

 

 

いまだからやれることはたくさんある

激震を巻き起こしたわけではない。ビッグ・ヒットの記録もないだろう。いまだに癒し系だという認識を持っている人もいるかもしれない。だが、この2人の登場は間違いなくひとつのレペゼンとなった。それは何の?――日本の音楽シーンにおいて、こういう構造の音楽もポップ・ミュージックの主流のひとつになり得るのだということの。京都出身の辻村豪文と友晴兄弟によるキセル。彼らが登場していなければ、そして2000年代を緩やかにサヴァイヴしてこなければ、2010年代はいまのような時代を迎えなかったかもしれない……と、そこまで声を大にして言えるのも、2年5か月ぶりとなるニュー・アルバム『凪』が心を揺さぶる素晴らしい作品だから。これを聴いているだけで感情が豊かになり、本当に大切なものはいったい何なんだろう?と、恥ずかしいほど青臭いことを自問自答したくなったりもする。キセルがシーンに登場してほぼ10年。彼らにはまず、どのような10年だったかを訊ねてみた。

「前のアルバム(『magic hour』)を出したあたりから活動が実になっていってるなって実感はあります。これからが楽しみやなって感じがあるというか。と同時に、お客さんにちゃんと信用されてるって感じがあって、自分たちがやってきた10年は間違ってなかったなあ、譲れへんところは譲らないできて良かったなあとは思いますね」(辻村豪文、ヴォーカル/ギター)。

「ただ、まだまだって感じですよ。やりたいこと、いまだからやれることは本当にたくさんありますからね」(辻村友晴、ベース/ヴォーカル)。

メジャー・レーベルを離れてから、彼らは驚くほど多くのライヴやイヴェントに出演するようになった。「お客さんがどういう表情でライヴを観てくれているのかみたいなのを気にしたり、物販で実際にCDやTシャツを売る現場を見てきたことも大きなプラスになった」(友晴)と語るように、現在のKAKUBARHYTHMに所属するようになってから彼らのミュージシャンシップは格段に高くなっている。その違いが明確に表れたのが前作『magic hour』だったとするなら、新作『凪』はより作り手としての意識の高さがフォーカスされた一枚と言えるだろう。

「自分たちのやってることが正解かどうかなんてわからないですけど、例えばイントロはカッコイイけど、歌に入ったら〈あれ?〉みたいな曲ってあるじゃないですか。そういうのはどうなんや?って気持ちが最初からある。そういう思いが今回のアルバムにも結構出てると思いますね」(豪文)。

 

僕らのスタンダードを見つけたい

劇的な変化こそないが、ニュー・アルバムには彼らのアレンジャーとしての素養の高さが鮮やかに落とされている。メロディーそのものは、今回も比較的オーセンティックなフォーク調のものが多い。だがリズムのヴァリエーションや構成などは、例えば最近だとフライング・ロータスあたりを視野に入れたかのように複雑だ。音の質感においてはジョー・ヘンリーの作品にも近いものがあるかもしれない。彼らがどこまで自覚的なのかはわからないが、ただのほほんと良い曲を書くバンドなんかではない厳しさと強さはもちろんのこと、現代の音楽家としての洞察力や整理能力までも備えた連中であることだけは確かだろう。

「去年はカエターノ・ヴェローゾのいちばん新しいアルバム(『Zii E Zie』)とかをよく聴いてて。結構そういうところから刺激を受けたりはしてましたね。ただ、曲そのものは前より遥かに早く作業ができるようにはなってきました。今回時間がかかったのは兄さんの歌詞だけです(笑)」(友晴)。

「僕らの曲はもともとすごくシンプルで、普通っていうか、そのまま普通に演奏したら普通になってしまうような曲が多いんです。でも、だったらアレンジで冒険したり試してみたりすることで何かいままでにはないことができればいいなと思ってて。もちろん、普通にはやりたくないっていうのは照れでもあるんですけど、僕らのスタンダードを見つけたいっていう思いが今回も出てると思いますね」(豪文)。

ユルユルしているように見えるが、2人はかなりの頑固者だ。「実は曲の作り方も考え方も、価値観みたいなのも、デビューの頃から変わってない」と豪文も断言する。だが、変わらないのは曲の骨組みそのものであって、アレンジや音の質感はかなり凝っている。特に中盤の“とおい友達”“ひみつ”、後半の目玉でもある“はなむけ”といったあたりのイビツな曲調は彼らの新機軸のひとつだろう。だが一方で、何年経ってもステージで披露できて、何年経ってもオーディエンスが楽しめるような普遍性を持った曲を残していきたいという思いもある。そのアンビヴァレンスを見事に消化したのが、引き続き内田直之がエンジニアを務めた『凪』ではないだろうか。約10年間の成果をひとつの形にした瞬間がここにある、と言っても良いかもしれない。

「落ち着いているというか、静かな部分が一貫してあるアルバムにしたいというイメージはあったんです。でも、そのために曲の作り方は変えないし、今回も僕と弟がそれぞれ宅録で作った曲が元になっている。そのなかでどういう風にイメージに近付けるかっていうことをアレンジとかでしていきたいんですよね」(豪文)。

「どんな音楽にも雰囲気はあるし、僕らにもある。和めるとかって言われたりもするけど、僕らは内面にもっとゴリッとしたものがあると思うんです。そこが伝わって行けばいいなという気持ちです」(友晴)。

斉藤和義のバック・メンバーとしても活躍する兄・豪文は34歳、デビュー当時はまだまだ幼さを残していた弟・友晴も今年30代に突入する。楽曲提供やコンピなどへの参加も後を絶たないいまのキセルは、あらゆる点で充実のシーズンを迎えている現在もっとも眩しいバンドのひとつと言えるだろう。最後に笑うのは、虎視眈々と静かに時代を作ってきている彼らのようなアーティストなのかもしれない。

 

▼『凪』に参加したアーティストの作品を紹介。

左から、伊藤大地が所属するSAKEROCKの2008年作『ホニャララ』(KAKUBARHYTHM)、吉野友加が所属するtico moonの2008年作『Raspberry』(333)、エマーソン北村が所属するTHEATRE BROOKの6月9日にリリースされるニュー・アルバム『Intention』(エピック)

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2010年06月22日 13:44

更新: 2010年06月22日 13:48

ソース: bounce 321号 (2010年5月25日発行)

インタビュー・文/岡村詩野