ハナレグミ 『オアシス』
新たに環境を整え、これまで以上にじっくり制作へ向かえたという新作が完成。前作に続いて明確なテーマを感じさせるこのオアシスは、さて何に繋がる?
前作『あいのわ』以来、約2年ぶりとなる5枚目のニュー・アルバム『オアシス』を完成させたハナレグミ。本作の制作がスタートしたのは昨年の秋で、タイ語で〈くすぐる〉という意味があり、彼の小さい頃のあだ名のひとつでもある〈ちゃかちー〉という名のプライヴェート・スタジオを設立することから始まったという。
「次に何かをやり出すためにも、いままでと違うやり方をしたいなって思って。そのうえで考えついたのが、場所を持つっていうことだったのね。それに、僕のなかでは自分のスタジオを作ることが、もうひとりバンド・メンバーが入ることといっしょなんじゃないかって思ってて。だから、いままででいちばん濃い時間を過ごせたのは確かだし、より自分っぽいアルバムになったなっていう実感はありますね。なんというか、音の輪郭が凸凹してるし、きれいにまとまらないおもしろさも入ってる。それが、やっぱり自分なんだと思いますね」。
原田郁子(ピアノ)、SOIL&“PIMP”SESSIONSのみどりん(ドラムス)、EGO-WRAPPIN'のサポートをしている真船勝博(ベース)らとのセッションから生まれた、“Crazy Love”や“か! た!! かたち!!!”などのファンク/レゲエ・ナンバーは、「SUPER BUTTER DOG をやってたときのガチャガチャした感じを思い出した」というバンド・サウンドを主体としたアップ・チューン。その一方で“きみはぼくのともだち”や、自身の祖父のお葬式の風景を切り取った“天国さん”など、弾き語りによるアコースティック調のバラードも収録されている」。
「4年前にじいちゃんが死んだ時の、自分の両親の感じがすごく残ってて。おふくろがじいちゃんの棺桶に向かって、〈お父ちゃま、ありがとう〉って言ってて、親父は見たこともないような壊れ方をしてた。僕はそのシーンが好きで、辛いことや悲しいことがあると、そのお葬式を思い出して、どこか救われるような気持ちになってたのね。“天国さん”の歌詞に出てくるのはじいさんと息子、息子が結婚した嫁。その歌詞を書いたのはじいさんの孫で、タイトルを考えたのはお葬式で神父さんを〈天国さん〉って呼んでた姪っ子。4世代に渡る思いが刻まれてるのもおもしろいし、書くことがバーンって出てきたっていう意味では、“サヨナラCOLOR”や“光と影”に近いものがあるなと思いますね」。
アルバムのタイトルになっている〈オアシス〉とは、葉山の海の家の名称であり、「陽炎のように見えてる希望や願いのようなもの」だという。それは、「音楽は音が鳴った瞬間に消えていくもの」という彼にとって、〈カタチがなく、揺れ動いているもの〉の象徴であるのかもしれない。前作『あいのわ』はカタチのない愛を曖昧なまま受け入れる覚悟を歌った、いわば〈愛のアルバム〉であった。そして今作は、命の誕生を感じさせる“スパーク”を含め、カタチのない生と死を真正面から見つめ直した〈命のアルバム〉となっているのだ。
「ファーストからサードまでは、まだ一枚一枚で完結できてた部分があるんだけど、いまは〈一枚〉っていう単位ではあんまり考えてないかもしれない。『あいのわ』と『オアシス』は、あと何枚か作ってみて、全体ですごく大きな何かを表そうとしてるのかなって気がする」。
そう語る彼がやがて見せるであろう大きな歌世界の全体像を想像しながら、じっくり味わっていただきたい一枚である。
▼新作に参加したアーティストの作品を一部紹介。
左から、クラムボンのニュー・シングル“はなさくいろは”(Lantis)、10月5日にリリースされるSOIL&“PIMP”SESSIONSのニュー・アルバム『MAGNETIC SOIL』(ビクター)、おおはた雄一の2010年作『光を描く人』(コロムビア)
カテゴリ : インタビューファイル
掲載: 2011年09月29日 20:19
更新: 2011年09月29日 20:19
ソース: bounce 336号 (2011年9月25日発行号)
インタヴュー・文/永堀アツオ