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インタビュー

藤倉大

©Tsutomu Ishiai

ある日曜日の夜、なんとなくテレビを観ていたら、珍しく「現代音楽」の作曲家が紹介されていた。番組は「情熱大陸」、そして登場していたのが藤倉大(1977〜)だった。現在イギリスに拠点を置き、世界的な作曲活動を続けている藤倉だが、その日常が垣間見える番組はとても面白かった。シカゴにおける作品の初演(ブーレーズもその場に居た)なども紹介されていた。自在な発想力による藤倉の作品はそれぞれが個性的である。その藤倉作品を一挙に味わえる〈個展〉が開催されることになった(10月11日サントリーホール)。そこで、いくつかの質問を試みた。まず今回の個展について。

「自分で思うに一作一作いつも違う作風というか、全然違うアイディアで作品を作っている作曲家だと思うので、こうして個展として自作が並べて演奏されても、その作品が全部似て聴こえそうという心配はなかったのですが、ひとつの〈アルバム〉のように作品から次の作品への流れが、聴き手の方にも感じて頂けるように、並べ方には気を配りました」

その個展で演奏されるのは《トカール・イ・ルチャール》(2010年、サントリー芸術財団委嘱作品)を初め、世界初演となる《バスーン協奏曲》(バスーン・ソロ、パスカル・ガロワ)、ピアノとオーケストラのための《アンペール》(ピアノ・ソロ、小川典子)など(指揮は下野竜也、東京都交響楽団)。

「この中で世界初演される《バスーン協奏曲》は、まずバスーンを使った協奏曲を書きたくて、ずっと構想を練っていた時に、たまたまバスーン奏者の黒木綾子さんから東京オペラシティでの『B→C』リサイタルのために作品を委嘱され、そこで協奏曲を書く準備として最適だろうと思い、初めてバスーン・ソロの作品を書いたのです。そしてその時には、協奏曲もこうなるだろうというイメージも持っていたのですが、実際には、そこから協奏曲に取り掛かってみると、作品というのはそれぞれの〈命〉を持ち始めるので、結局はソロを書いていた時に予想していた作品とはまったく違うものになりました」

『情熱大陸』でも紹介されていたシカゴ交響楽団の委嘱作品《Mirrors》(6人のチェロ奏者のための作品)も改訂初演される。

「まずこの6人のチェロのための作品が東京初演された時に、サントリー芸術財団の佐々木亮さんが『個展の時もぜひ聴きたい』とおっしゃってくれたんです。ただ、この作品は6人のチェロ奏者で演奏すると、あまりにも作品の素材が盛りだくさんなので、技術的には可能だけど、演奏が大変なんです。そこで、もうすこしゆとりを持たせたら演奏自体も良くなるのでは? と思ったのです。音楽的には6台チェロ版とほぼ同じで、それを12台に振り分けたことになるのですが、その振り分け作業に意外に時間と労力がかかってしまいました(笑)」

藤倉のHPでその作品の演奏されるスケジュールを見ていると、委嘱新作だけでなく再演も非常に多く、世界中で彼の作品が求められていることが分かる。その多忙なスケジュールの中で、新しい作品を書くインスピレーションをどうやって発見しているのだろうか?

「作品を委嘱される状況は様々なので、作品ごとにその動機は違ってくるのですが、いろんな側面のインスピレーションがミックスされてくる感じですね。例えば、今回の個展で演奏される作品で言うと、ある特定の演奏家を含む作品には、その演奏家の音楽的な側面だけでなく、その人自身の個性などからもインスピレーションを得て書くことがありますね。それと同時に音楽外的なインスピレーションというのもあるんです。例えばピアノとオーケストラのための《アンペール》だと、ピアノがオーケストラの一部、それもピアノのペダルで、しかも〈反抗的〉なペダルだったらどうなるだろう? とか。ピアノのペダルはそれを踏む事によって音が伸び、減衰していく訳ですが、もし(僕の想像の中で)その伸ばした音がどんどん変化していったら、減衰しないでピアニストに迫ってきて、ピアニストが弾いていない音や和声に還ってきたらどうなるだろう、とか、そういうことを考えながらも書いていました。
それから、僕は魚の群れ、鳥の群れというものに非常に興味があります。グループとしてあれだけ伸び伸び自由自在に動いているように見えるのに、その動きにきっと何か一定のルールがあるのだろう、でもリーダーを争っている感じもしない。それをオーケストラで表現したらどうなるだろうか、と考えて書いた作品が《トカール・イ・ルチャール》なのです。これはベネズエラのエル・システマから登場して来たシモン・ボリバル・ユース・オーケストラ(現:シモン・ボリバル交響楽団)と指揮者のドゥダメルのために書いた作品なのですが、それぞれのバックグラウンドも違う子供たちを集めてオーケストラを作り、一体となって音を奏でるという点を、僕は〈鳥の群れ〉に見立てて書いた訳です」

20世紀後半の世界をリードしてきたフランスの作曲家ブーレーズはそんな藤倉を高く評価している。

「僕は10代後半からブーレーズの大ファンでしたが、彼と知り合いになるとは思いもよらなかった。たまたま彼の75歳記念の公演がロンドンであった時に、偶然エレベーターで一緒になり、その時は心臓が止まるかと思うぐらい緊張しました。そんな彼の80歳、85歳の記念に作品を委嘱され、それ以外にも僕の作品を2回、彼自身の手で指揮して頂いたことは夢のようなことでした。そのリハーサルでの会話を含め、その後のお手紙などからも学ぶ事は多かったです」

作品を作る事は「自分のユートピアを作る事」と藤倉。

「僕が夢見たユートピアを、是非僕と一緒に体験してみてください」

藤倉大(ふじくら・だい)

1977年大阪生まれ。15歳で渡英し、トリニティ・カレッジ、王立音楽院、キングス・カレッジなどで学ぶ。セロツキ国際作曲コンクール最年少優勝を始め、多数の作曲賞を受賞。エトヴェシュやブーレーズから評価され、ルツェルン音楽祭、BBCプロムス、アンサンブル・アンテルコンタンポラン創立30周年記念などで作品委嘱を受け、ロンドン・シンフォニエッタ、アンサンブル・モデルン、ウィーン放送交響楽団、シカゴ交響楽団などで演奏されている。2008年ギガ・ヘルツ特別賞、2009年尾高賞、芥川作曲賞受賞。2010年中島健蔵音楽賞、エクソンモービル音楽賞を受賞。今後は初のオペラ、「作品集」CDなどを予定。

「作曲家の個展2012−藤倉 大」

10月11日(木)
会場:サントリーホール 大ホール
曲目:オーケストラのための「トカール・イ・ルチャール」(2010)
(第19回芥川作曲賞受賞記念 サントリー芸術財団委嘱作品)
バスーン協奏曲(2012)(サントリー芸術財団委嘱作品・世界初演)
ミラーズ(2009/2012)(12人のチェロ奏者版・改訂初演)
「アンペール」ピアノとオーケストラのための(2008)
「アトム」オーケストラのための(2009)
出演:下野竜也(指揮)、パスカル・ガロワ(バスーン)、小川典子(P)、東京都交響楽団

http://www.suntory.co.jp/sfa/music/composition/index.html

掲載: 2012年09月07日 22:58

ソース: intoxicate vol.99(2012年8月20日発行号)

取材・文 片桐卓也