チャールス・ロイド&ジェイソン・モラン
"Nothing is new under the sun"
新しいことなんて求めない
昨年末のメールによるインタヴューを経て、ようやく1月5日にチャールス・ロイド・カルテットをブルーノート東京公演で聴くことができた(そしてその翌日が、チャールス・ロイドとジェイソン・モランに取材となった)。思った以上に小柄なチャールス・ロイドと、3人全員が30代というカルテット(モラン、リューベン・ロジャース、エリック・ハーランド)が登壇し演奏が始まった。繊細な音だがはっきりとしたリズムを叩き出すドラマーのエリックのグルーヴがベース、ピアノに伝わっていく。そして御大のサックスがその3人の音の海にダイブしていく。いくつかリリースされているこのカルテットのライヴ盤で聴いていた通りのサウンドが会場に溢れ、次第に耳がその響きに馴染み、このグループの恐るべきディテールが現れ始めた。
演奏の途中、ジャズアーティスト菊地成孔と脳科学者茂木健一郎との対談のある下りを思い出した。つまり時間には発生時間というのがあり、周期性の異なる2つのリズムが同時に発生することでもうひとつあらたな周期性をもった時間(リズム)が発生するという、ポリリズムの原理的な面白さを語った下りだ。
今目の前で演奏しているこのグループには、つねにポリリズム、あるいは異なる時間のレイヤーを発生させ、共存させようとする意識が働いており、演奏が始まると4人の時間は一瞬静止したかのようなスタティックな状態を維持しつつ、彼らの外にあるタイム感に狙いをさだめようとしている瞬間がつねに準備されているような演奏なのだ。トニー・ウィリアムスは、ハーモニーとリズムの関係を、コードによって発生するシンコペーション、モードによって発生するポリリズム、パルスによって発生するノイズというような表現で説明していたが、チャールス・ロイドのこのカルテットは、その3つの選択肢の中をそれぞれが自由に動きながら、演奏を進めるといった様子だ。曲ごとにアレンジされた様子もなく、演奏の度、何が選択され、どのような音が浮かび上がるのかは、あくまで即興的に選択されて出来上がる、自由な演奏がステージでも聴けた。
しかし、チャールス・ロイド当人の意図によってこのようなジャズが発生しているのではなく、リズムセクションのメンバーの音楽性がどうやらこのような状況を発生させているようだ。それは過去の歴代のカルテットを比較して聴いても明らかで、こうした自由度はメンバーの意思によって音楽的に実現されたものなのだろう。4人の出会いが必然的にもたらした音楽的帰結というわけだ。こうした3人の中で彼の存在感は、ある意味歴史的とでも言えるような存在感を放っている。それは風貌やイディオムやスタイルというよりは、彼の楽器のサウンド、音色からくるのだろうと感じる。彼のサックスやフルートの音色に刻まれた彼の時代の色とでもいえる音色感に時代を感じ、彼の3人の演奏への介入はなにやら歴史的なジェスチャーを垣間見せ、そこにジャズという不可視の物語が出現するかのような錯覚を覚える。
かつてない音楽的強度をもつこのカルテットから、チャールス・ロイドはジェイソン・モランを選び、あらたにアルバムをデュオで制作した。スタンダードと書き下ろされた新作からなる、ピアノとのデュオによるジャズ物語とでもいうべき構成であり、新曲はチャールス・ロイドが彼の曾々祖母から聞いた奴隷時代の彼女のエピソードに触発されて作曲した。全体は、叫びを表現するゴスペルというよりは、耳元でささやくような優しさをもつスピリチュアルのような距離感のデュオ作品である。おそらくチャールスは、ジェイソンが表現するジャズの伝統に触発されたのだろう。そしてジェイソンは、チャールスの音の表現する歴史的な奥行きに触発された。
「レコーディング自体は、創作のひとつのプロセスにすぎないけれど、彼の演奏には大いに触発された。もちろん彼の曾々祖母の、黒人奴隷として辿った人生については僕も知っているし、これは世代を超えて今も共有されている歴史のひとつであり、物語なんだ。これは人類ならだれでも共有でき、共感できる物語のひとつだよ」とジェイソン・モランが語り、「音楽に新しいことだけを求めるなんてことはしない。それは(演奏は)深海にむかって深く潜っていくようなもので、真実にたるものにたどりつくための行為でしかない。私にとってジェイソンは、いっしょに潜ってくれる相棒なんだ。彼はいろんな賞を受賞もした尊敬すべきアーティストだが、私たちとの演奏をとても大事にしてくれる。私にはそういう存在が必要なんだよ。彼には音楽にとって何が大事なのか、分かっているんだ。"Nothing is new under the Sun"、つまり新しいことなんてない、そんなものを求めて演奏するなんて…」とチャールスが付け加える。
ジャッキー・バイヤードとサム・リヴァースのデュオがあったならこんなアルバムになっていたのだろうか。インタヴューの途中、不可視のものが見えるように、聴こえてないものが聴こえてくるような瞬間をもとめているんですねと伝えると、チャールスはそっと両手を合わせ合掌した。
写真
©Takuo Sato
提供:ブルーノート東京