インタビュー

Sigur Ros

オーロラの地、アイスランドからシガー・ロスが贈る夢遊病者のための歌

差し出された一組の括弧


 シガー・ロス。彼らは、突然、ぼくらの目前に現れた流氷。その氷塊の中、冷たく光る胎児。その名前は『Agaetis Byrjun』。〈アゲイティス〉? 〈ビリュン〉? 北方言語の響きが、こそばゆく耳をくすぐる。アイスランド、レイキャビーク。やはりイメージされるのは引き締まった寒気だろうか? 実際の姿はどうあれ、ぼくらはやはり、ある種のエキゾティシズムに身を任せることを好む。けれど、どのみち、その氷も溶けかかっている。もはや、彼らを閉じこめておくことは無理な話。世界中が熱望したニュー・アルバムのリリースと共に、他ならないユニヴァーサルなバンドとして、シガー・ロスは堂々とその姿をさらす。そして、ぼくらは結局、彼らの音の虜になってしまうだろう。

「前作のジャケットに描かれていた胎児が、新作のスリーヴの子供に3年半で成長したって感じだよ(笑)」とは、ヨンシー・バーギッソン(ヴォーカル/ギタリスト)の弁。今回のインタヴューは、彼とゲオルグ・ホルム(ベーシスト)に話を訊いている。そして、ゲオルグが、そのキャラクターについて教えてくれる。

「名前はまだ付けてないんだ……。この子供は夢遊病者でね。意味的にはクエスチョン・マークとほぼ同じだよ。リスナーに考えてもらいたいんだ。何かしらの意味を捉えてもらうことで、みんなの目が覚めるかもしれない。世界は回り続けている。でも、いろいろな物事が起きているのに、みんな無関心。やり過ごしてしまっている。そろそろ目を覚ます時なんじゃないかな」。

とかく、彼らはイメージを固定化されるのを避ける。このニュー・アルバムのタイトルからして『( )』。ただ一組の括弧がそこにあるだけ、という風変わりなもの。楽曲タイトルも、メンバー間の愛称があるだけで正式名称はない。そして、件のイメージ・キャラクター……。ヒントだけはそこにある。あとは、リスナーひとりひとりがどう接し、どんな意味をそこに見つけるかだ。

「〈( )〉は、タイトルというより招待状みたいなものなんだ。リスナーに好きなタイトルをつけてもらうための招待状だね」(ゲオルグ)。

「それに、今回の歌詞は、アイスランド語じゃないんだ。というか、歌詞はない。サウンドだけ」(ヨンシー)。

「何も書かれていないブックレットに好きなものを書いてもらいたいんだ。何かを経験してほしいのさ。そうすることによって、それがアルバムの一部になる。リスナーが何かを感じ経験する、それが最大のポイントなんだ」(ゲオルグ)。

こうしたアイデアの延長として、彼らのウェブサイト(www.sigurros.com)でヴァーチャルなブックレットを作ることができるようになる予定さえあるらしい。アクセスした人が、それぞれに思い浮かんだ歌詞やイメージをアップロードしていく。シガー・ロスが残していくのは、何も難儀なヒントだけじゃない。彼らは閉じていることで神秘性を帯びているわけではなく、逆に開かれているからこそ、そこに奇妙な真空地帯を浮かび上がらせる。それは、次のヨンシーの発言からもよくわかる。いわば逆転の発想。こうして彼らはアイスランドの国民的バンドとなったのだ。

「前作のタイトルや歌詞はすべてアイスランド語だったんだけど、アイスランドって総人口がたったの30万人弱なんだ。それはある意味、聴き手の数に制限を与えるような気もしてね。今回はもっとたくさんの人たちに聴いてもらいたかったから、あえて言葉を用いないことにしたんだ」。


シガー・ロスがアイスランドの音楽家、ヒルマ・オルン・ヒルマルソンと共作した2000年作のサントラ『Angel Of Universe』(Fat Cat)

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2002年11月21日 15:00

更新: 2003年02月07日 15:30

ソース: 『bounce』 237号(2002/10/25)

文/福田 教雄