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インタビュー

Little Tempo(2)

音で対抗してくるヤツじゃないと

 もちろんLITTLE TEMPOの面々はシリアスな視点を持つことだって、それが眉間にしわを寄せて引き出されるものではなく、ユーモアとの微妙な駆け引きから導かれるものであることを知っている。それが同じメンバーで演奏を続けてきた、本当の意味での経験というものでもあるだろう。

「とりあえずバカ話から始める。全部そうなんですよ。くだらない話をどう具体化するかというのが勝負なんで。ライヴも始まる前にいきなりアレンジ変えたりするんです。アルバムの録音もそうだったんですけど、メンバーのなかでの対決なんですよ。ついてこれなかったらヤバいくらいの気持ちでやってるから。バカ話で演奏してるんで、レスポンスが悪いヤツはダメなんです。成り立たないんですよ、音で対抗してくるヤツじゃないと。今回の録音ではそういう対決がいっぱいあって、かなりクラッシュした部分が多かった」。

 レスポンスは仕掛ければ仕掛けるほど良くなるし、おもしろくなるという。

「やっぱり練習ですよね。言葉で言ってもダメな部分というのがほとんどだから、音を見てて〈その人がどういう気分なのか〉とか、聴かないとわからないですからね。だからずっと音を見てましたよ、スピーカーに向かって」。

 〈音を見る〉という表現がおもしろいと思う。聴くでも、感じるでもなく、見る。しかし、この〈見る〉という視点があるからこそ、『MUSICAL BRAIN FOOD』の音は、各人のソロの力量やアイデアを単に束ねたバンド・サウンドとは違う、もっとタフでひねりの利いた世界を実現しているのだろう。しかも今回はコンピュータを一切使うことなくそれを成り立たせているのだ。

 メンバーそれぞれが個別の活動を精力的に行ってきたこと、10年近くもお互いをよく知るメンバーで演奏してきたこと、そして、日本のポップ・マーケットのなかでは依然として日が当たりにくい存在であるインスト主体のバンドとしてキャリアを重ね、ファンの幅を拡げてきたこと。そんないくつかの重要なファクターが、この『MUSICAL BRAIN FOOD』のなかにはとてもポジティヴな形で投影されている。

「これを作っているときには〈聴き会〉みたいなことをよくやってたんですよ。休憩時間にいろんなレコードを持ってきて聴くんです。みんなで聴きながら研究してましたよ、それを刺激にもしながら。意外にもそれが良かったんですよ。音楽の種類とかじゃなくて、音場とか音のコクとか音の位置とか、そういうことを話していましたね」。

〈メンバーそれぞれが普段聴いてる音楽についてあらためてお互いに話すようなことはあまりないのでは?〉と軽く訊ねてみたら、そんな答えが返ってきた。聴き会の成果は、たとえばアルバム中、唯一のカヴァー曲で、10インチの先行シングルとしてもリリースされた“African Lullaby”にもよく表れている。1953年にリリースされた、ジャズ/ポップ・シンガーで女優でもあったアーサ・キットのアルバム『That Bad Eartha』の収録曲だ。ヴォーカル・ナンバーである原曲が纏う甘美でエキゾチックな空気を彼らは見事に蘇生させている。「雰囲気を似せるってことではなくて、気持ちの部分で原曲をよく聴いて録音した」と言うとおり、その本質的なプロセスが音として伝わってくる。

「たまたま駅前で買ったレコードだったんですけどね。それに最初はカヴァーとか全然頭になくて、録音の中盤戦くらいになったときに何かひとつカヴァー入れてもいいかな、とパッと思い付いただけで」。

 しかし、その思い付きの時点ですでに勝負は決していたのである。『MUSICAL BRAIN FOOD』にはそんな逃してはいけない瞬間がいくつも捉えられ、正しく記録されているのだ。ポテンシャルが高く、大らかで、なおかつ精妙なるアルバムはこうして生まれた。

▼LITTLE TEMPOの作品および、関連盤を紹介。


“African Lullaby”の原曲を収録したアーサ・キット『That Bad Eartha/Down To Eartha』(Collectables)

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2003年05月29日 18:00

更新: 2003年06月05日 18:49

ソース: 『bounce』 243号(2003/5/25)

文/原 雅明