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インタビュー

新生メタリカを、あの鬼才・パスヘッドが応援しているぞ!!

 メタリカが91年に発表した〈ブラック・アルバム〉でパスヘッドを知った人も多いと思うが、彼のルーツは80年代初期のパンク/ハードコアにある。地元オハイオ州で、みずからハードコア・バンド、セプティック・デスでヴォーカルを務め、独学で学んだ絵の才能を活かして、ギグのフライヤーのアートワークを手掛けるようになる。活動の拠点をサンフランシスコに移す頃には、シーンでは知られたアーティストになっていた。初期の作品で有名なのは、エクスプロイテッド、ミスフィッツ、7セコンズ、BYOやゾーラック・スケートボード、雑誌「THRASHER」や「MAXIMUMROCKNROLL」などでの仕事。〈パスモート〉なるレーベルも主宰し、これは現在バクテリア・サワーに受け継がれている。

 90年代に入ると、下北沢のスケート・ショップ〈VIOLENT GRIND〉のデザインをやったり、親交の深いTAKE-SHITのバンド、COCOBATのアートワークをシリーズで担当したり、ロケット・フロム・ザ・クリプト、16といったバンドをプロデュースし、日本に招聘したりしている。パスヘッドのアートワークのモチーフは、人間のダークサイドを扱ったものである。そのため、スカルが彼のトレードマークだと思っている人も多い。最近では、スーフェスでよく来日しているし、スケートボードのデザインもまた復活した。日本で初のアートギャラリーを開催する話もあるというから、そちらも注目だ。

▼パスヘッドがアートワークを手掛けたアルバムを紹介。


16の95年作『Curves That Kick』(Bacteria Sour)


ダマドの2000年作『Burning Gold』(Prank)

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2003年05月29日 11:00

更新: 2003年06月05日 18:49

ソース: 『bounce』 243号(2003/5/25)

文/大野 俊也

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