インタビュー

Miho Hatori(2)

引き算する方法を学んだ

 それにしても、姿は甲殻類のようでありながら軟体動物的行動を見せるこの不思議な生き物、カテゴライズしようとした途端にスルスルと藪の中へ逃げて行ってしまう、実にやっかいなヤツなのだ。

「スタート時には設計図とかなかったの。あのね、日本の家屋って、まずひとつ大部屋があって、〈子供が生まれたから部屋を足そう〉って感じでどんどん拡げられるように作られていくんですって。それに近いプロセスだった。カッチリとした敷地があって、そこに何かを埋めていくのではなく、もっとオーガニックな感じっていうか、こっちに太陽が射しているから、そっちへ進んで行っちゃえ~、みたいな」。

〈Ecdysis〉とは〈脱皮〉のこと。この意味深なタイトルを与えられた曲でアルバムは幕を開けるわけだが、何かが捲れたようなパリッという響きがはっきりと聴こえる。誰もが、これまでに彼女がリリースしてきた作品とは確実に感触が異なっていることに気づくだろう。

「生き物がすごく好きで、そういうモチーフの曲を作りたかったんだけど、この曲が出来上がってから見つかったんだよね、〈あぁ、これかぁ!〉ってものが。それは何かと考えてみると、反動だったんだよ。そこに至るまで、いろんなプロデューサーと音作りを試したのね。でもどれも違って、どうしたらいいんだろう?ってなっちゃって。その時に〈よし、自分でやるしかない〉って思い立って作ったのがこの曲。そしたら、〈そっか、そんなもんなんだ〉って思えてね」。

〈そんなもん〉がどんなものかは『Ecdysis』を聴いて確かめてもらうしかない。月夜を想起させる煌きと闇が交差するサウンド、そして、鏡を見つめつつ丹念にデッサンした自画像的な歌詞。ここに漂う内省的なムードはアルバム全体を象徴するもの。ぜひともアルバム・ジャケットをじっくり眺めながら聴いてほしい。Smokey & Mihoのスモーキー・ホーメルは完成した音を聴き、「これがホントのミホかぁ~」と漏らしたらしいが、こちらも同様の感想だ。聞けば、去年の制作開始当時には、これまでに彼女が纏ってきたイメージでの音作りも試していたようだ。

「メンバーはブルックリンで幼い頃からスティーヴィー・ワンダーとか聴いて育ってきた人ばかりなのね。だから音を出してると、どうしても超ファンキーになってしまって。3分間の曲があるとすると、ファンキーにキーボードを弾きっぱなし、ずっとスティーヴィーでくるわけよ(笑)。そこまで、ブルックリンなものはいらない(笑)。私も好きだよ。でも、そういうのはティーンエイジャーになってから接した音楽だし、これらの要素は私の中に流れている血にはないんだと気づいて。それは大発見だった」。

 そうして、〈No Funk, No Hip Hopでいこう〉と決断した彼女。

「これまでヒップホップの人たちといっしょにやってきたから、周りにはそういう音楽を作る人ってイメージで見られてただろうし、そういう形のものが出てくるって期待もあったと思う。私もそうなるだろう、という気でいたしね」。

 でも、彼女は大きくハンドルを切った。〈結局、自分って何なのだろう?〉と自己を深く掘り下げる作業へと進んでいったわけだが、意識的な変化はレコーディング終盤のエディット作業にも表れた。

「私はこれまでプラス、プラスでやってきたけど、Smokey&Mihoの経験で、引き算する方法を学んだの。今回は、とにかく切れ~!って感じで余分なものを省いていった」。

 それにしても、チボ・マットのデビューからもう10年かぁ……。

「10代の時にはわからなかった。どれが本当の自分なのか、とか。とりあえず目の前にチャンスがあれば、よし、やりましょう!って飛び込んで行った。もう、30過ぎちゃったからね。そういう時期なんだと思う。自然な流れとして」。

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掲載: 2005年11月17日 15:00

更新: 2005年12月01日 18:34

ソース: 『bounce』 270号(2005/10/25)

文/桑原 シロー