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インタビュー

Ben Harper

気の向くままに己のブルース・ロックを奏でるベン・ハーパーが、自身の集大成的なアルバムをリリース。なぜ彼の歌はこんなにも人々の心を撃ち抜くのだろう……

フィーリングを頼りに分けていったんだ


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 濃密な後光が差している──魂が唸り叫ぶようなベン・ハーパーのステージを観たことのある人なら、そう思える瞬間を一度は体験していることだろう。だが、2004年の〈フジロック〉のステージに立つベン・ハーパーは少し違った。それは、ブラインド・ボーイズ・オブ・アラバマ(以下BBOA)との共演の瞬間。〈歌うことの誇り〉を強くこちらに投げ掛けてくるようなエネルギッシュな横顔に変わりはなかったが、40年代から長きに渡って生きる喜びを歌声に吹き込み続けるBBOAに支えられたベンは、力の限りメッセージを放つだけではなく、その場で歌の力を共有できることをゆっくりと噛み締めているようでもあった。そこにはそれまでのベンにはない、たおやかな味わいがあったと言っていいだろう。

「確かに、俺は彼らとの仕事をとおして大人になったような気がするね。それまでの自分がまだ本当の大人でなかったという意味ではないけれど、(彼らとの仕事は)自分にとっての成熟過程で、後で考えてみると成年に達したようだったと思った。ソウル・ミュージックの大御所から俺への橋を築いた感じだったよ」。

 ベンとBBOAは、BBOA側が先にベンの曲をアルバムで取り上げたことに始まり、グラミー賞を受賞したコラボ盤『There Will Be A Light』(2004年)、そしてライヴ盤『Live At The Apollo』のリリースと確実に交流を深めていったのだが、そうしたなかでベン自身はそれまでには得られなかった〈その先の人間力〉を身につけたのかもしれない。約3年ぶりに届けられたニュー・アルバム『Both Sides Of The Gun』での、厳しさと大らかさ、怒りと喜び、屈強と柔軟とを包容させた仕上がりがそれを物語っている。

「もちろん、これまでの僕のどのレコードも僕を次のレコードへと導いてくれた。レ
コード作りの際はよく耳を澄ませて聴くから、音楽のミステリーへの理解が深まったしね。例えば、『Diamonds On The Inside』はプロデューサーという仕事への大きな一歩を踏み出した作品だった。そして今度のアルバムは、レコーディング過程の終わり頃に2枚のレコードに分けたほうが完全な作品になると感じたんだ。アルバムの収録曲を選曲し、曲順を決めていた段階でね」。

 そう、通算6枚目となる今作は2枚のディスクをひとつにまとめた形式になっている。しかしながら、ベンは「〈2枚組〉という呼び方をしたくない」と話す。すなわち、「誰の耳にもあきらかなサウンド面の違いで分けたわけではない」とのこと。

「あくまでフィーリングを頼りに曲を分けていったんだ。ある意味ではどちらのレコードに収録されるのか、曲が僕に語りかけたようなものだった。スロウな曲が収録されているディスクの曲……まあ、便宜上Disc-1に収録されている曲は実はDisc-2に収録されてもおかしくなかっただろうし、同様にDisc-2に収録されている曲はDisc-1に収録されていてもよかった。どの曲も個性があるからね。僕はその個性をフィーリングで見極めて2枚のディスクに分けていったんだ」。

 LAにあるダスト・ブラザーズのボート・スタジオで3か月を費やし、自身のバンド=イノセント・クリミナルズらと共に録音した今回のアルバムは、これまでになく多彩だ。得意のブルーズ・フォーク・チューンもあれば、ローリング・ストーンズばりのロックンロールもある。ストリングスやピアノをふんだんに使ったものもあれば、ジャズのグルーヴに乗っかって仕上げたような曲もある。ベン自身もベース、ドラム、ギターをプレイし、“Get It Like You Like It”では彼の親しい友人であるスコット・トーマスとのデュエットも聴かせているという具合だ。

 ただ、どの曲もこれまでになく肩の力が抜けているところが良い。パッション溢れる演奏にもどこかラフで隙間があり、言わば人としてのゆとりを感じさせるものばかりなのが印象的だ。これまで同様、〈生きることの強さ〉が歌に込められてはいるが、日常生活の中から自然に見えてくる風景が中心となっているため、重々しさを感じさせない。

「そう思ってもらえたのは本当に嬉しいよ。俺の音楽には俺の日常生活の中のもっとも興味を起こさせ、正直で不可欠な部分が含まれているんだ。そう、2枚のディスクの違いは、強いていえば曲に込められたエモーションが違うってことになるかな。俺は日常生活や会話、自分それと他の人のエモーションなどさまざまなことから曲作りをしている。曲の半分は自伝的な作品で、もう半分はフィクションの可能性があると思う」。

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2006年04月06日 16:00

更新: 2006年04月13日 19:22

ソース: 『bounce』 274号(2006/3/25)

文/岡村 詩野