インタビュー

Devendra Banhart

遠くから聴こえてくる妖しい歌声につられて先を進んでみると、そこにはポップでカラフルなフリー・フォークを奏でる魔法使いが微笑んでいた。ほら、〈アナタもこっちへいらっしゃい〉って彼が手招きしているよ!

戦士たち、でもヘビがたくさん!


 デヴェンドラ・バンハートは静かに登場し、彼を取り巻く熱狂は瞬く間に広がった。彼がファースト・アルバム『Oh Me Oh My...』(2002年)をリリースしたのは、マイケル・ギラの主宰するレーベル=ヤング・ゴッドから。元スワンズのメンバーで現在はエンジェル・オブ・ライトとして活動するギラは、NYアンダーグラウンド・シーンにデヴェンドラを紹介した。そして、ジョアンナ・ニューサムやココロジーのブレイクを機に〈フリー・フォーク〉というジャンルが注目を集め出すと、いつしか彼もそのシーンの中心的な人物として扱われるようになったのである。

 テキサスで生まれた後に子供時代を南米のヴェネズエラで過ごし、十代の頃は世界中を転々としながら歌っていたという、吟遊詩人めいた経歴を持つデヴェンドラ。ヒッピーのような独自のファッション・センスや、アートワークでも発揮される特異な絵の才能など全身から不思議なオーラを発していた彼は、シャネルのショウでライヴを披露するに至り、新しいカルチャー・ヒーローに祀り上げられた。でも、そんな周囲の異常な盛り上がりに対して、あくまで自然体なのが〈らしい〉ところ。待望のニュー・アルバム『Smokey Rolls Down Thunder Canyon』のイメージについても、まずはこんなふうに語ってくれた。

「頭に浮かんでいたのは、宝石、花、貝殻、メイクアップや口紅のサウンド、火、剣の影、燃え立つ悪魔……そういった普通ではないさまざまなもの。それから、愛、許し、希望……テーマはひとつじゃない。戦士たち、でもヘビがたくさん。それは絶対だね」。

 溢れ出す多彩なストーリーを、「千夜一夜物語」の語り手さながらに紡ぎ出していく。そんな物語作りの〈工房〉となったのが、LAのトパンガ渓谷にある一軒家だ。その自然豊かな土地で、デヴェンドラと仲間たちは共同生活を送りながら新作のレコーディングに挑んだ。

「家があるのは人里離れた山の中なんだ。そこは自分たちだけの帝国で、夢と霧とさまざまな蝶々とアメリカ・ライオンと蜂と虫とアライグマとオオカミのいる場所。〈ブッダ・ザ・デストロイヤー〉という名前のオオカミだよ! でも残念なのは、その家から引っ越さなくちゃいけなくなったことだね。僕たちが住んでいるってバレて、いろんな人がやってきたり、忍び込んだり、家の前でキャンプしたり……面倒なことになってしまったんだ」。

 思えば60年代、トパンガ周辺は西海岸のミュージシャンたちがささやかなコミューンを作っていた場所だった。当時はジョニ・ミッチェルやニール・ヤングらが住んでいたのだが、そんな因果からかアルバム収録曲“Seaside”はデヴィッド・クロスビーの船でレコーディングされた。「本当は参加してくれる予定だったんだけど、ツアーに出ていて……」とデヴェンドラは残念がるが、それにしたってゲストの多彩さには驚かされるばかりだ。

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2007年11月08日 18:00

ソース: 『bounce』 292号(2007/10/25)

文/村尾 泰郎