王道しか歩かないアリシアの影響源とは?
そもそも古今東西のいろんなものが混じっててあたりまえ。だからして、皿の上の料理はひとつの料理であるのと同時に、それはさまざまな食材や何種類ものスパイスの混合物である。別にカレーの話とかじゃない。音楽の話、アリシア・キーズの『As I Am』の話だ。思えば、アリシア・キーズのように、食材どころかスパイスの粒のひとつひとつまでもが味覚に訴えてくる作品を作る人はそういないと思う。何しろ素材の味を素直にそのまま活かしている、というか彼女は包み隠すことなくストレートに影響源を作品に反映してくるのだ。なお、筆者が最初に『As I Am』を食った時に連想したのはボニー・レイットだったりした。過去にはインディア・アリーとの共演歴もあるボニーは、シンガー・ソングライターとしてのソウル感とブルース・ギタリストとしてのロック性を上質なポップスへと織り上げる才女である。そんな意味合いからもアリシアに繋がってくる部分が大きいと思ったのだが、インタヴュー本文にあるように、『As I Am』は〈ジャニス・ジョプリンmeetsアレサ・フランクリン〉だそうで、併せて名を上げている2パックも含めて、何と言うか……清々しいほどに王道なのだ。その佇まいも含めてよく引き合いに出されるローラ・ニーロやキャロル・キングにしろ、アリシアがベスト盤に寄稿しているニーナ・シモンにしろ、性別以外のすべてがかぶるダニー・ハサウェイにしろ、アリシアの用いる食材はとにかく世界最高級で、高潔なのだ。
そんなわけで、『As I Am』には、美しいボブ・マーリー感に心を掴まれる先行シングル“No One”をはじめ、そのボブからも辿れるインプレッションズにベイビーフェイスを合わせたような“Superwoman”があり、果てはプリンス“Purple Rain”の幻想的なアウトロに歌を乗せたような“Like You'll Never See Me Again”……アリシアのカレーは具が大きいのだ。じゃなくて、いちばん良いものだけを衒いなくスパッと切り取れる王道的なセンスこそが彼女の美点なんじゃないか、ということである。なお、映画やライヴ盤で彼女と共演したコモンやモス・デフ、あるいは(その両者と共演歴のある)ジョン・メイヤーにジャック・スプラッシュ(プラント・ライフ)のような新作参加組にしてもそうだが、かつてアリシアと“A Woman's Worth”を共作したエリカ・ローズや、ローラ・ニーロを思わせる独特のソウル風味を披露するジョージア・アン・マルドロウのような現代の才女たちも、アリシアに通じる美点を持ち合わせていることをお忘れなく。
▼文中に登場したアーティストの作品。
ボニー・レイットの91年作『Luck Of The Draw』(Capitol)
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