インタビュー

有坂美香

実はみんなが聴いていた声、待ち続けていた歌──説明不要の得難い才能を備えた、魂のヴォーカリストがついにアルバムをリリース! この声は、この歌は生きている!

歌は生きた証


  有坂美香という歌い手はさまざまな〈顔〉と〈声〉を持っている。多彩な表現法をもってして多様なフィールドを縦横無尽に飛び回る、そのレンジの広さ、器のデカさ、懐の深さは、彼女の特筆すべきオリジナリティーだ。それは、まさしく十数年に及ぶ音楽活動で構築されてきた代物であるのだが、そもそも彼女のシンガーとしてのルーツは10年間在住したというアメリカにある。単身渡米したのは中学卒業後すぐのこと。現地で高校に通いながら、ダンスやミュージカルの経験を積み重ね、またゴスペルやジャズを歌いはじめたという。95年にはバークリー音楽大学へ編入。在学中はジャズ・ヴォーカルを学びつつ、LLクールJのボストン公演などでコーラスに抜擢され、またゴスペル・クワイアであるオーヴァージョイド・ゴスペル・アンサンブルの一員として活動するなど、濃密な日々を送っていたようだ。ブラック・ミュージックを肌で感じ、吸収し、みずからの表現法を磨く――そんな武者修行ともいえるミュージック・ライフは、ミュージシャンとしての有坂美香としてのその後を形成していくうえで重大な礎となったのだろう。99年に帰国して以降の活動は、まさにアメリカでの延長線上ともいえる独自のスタンスを貫いたものだった。

「日本での初仕事はbirdさんのコーラスですね。NYでプロデューサーの大沢伸一さんに私の歌を聴いていただいたことがあって、その流れでお話をいただいたんです。アメリカだとコーラスはソロ・シンガーになるためのあたりまえのプロセスだし、私はみんながコーラスもできてソロも取れるっていう集まりのなかでやってきたので、そのスタンスは日本に帰ってきても変わってないですね。ブラック・ミュージックの根本にはコーラス・ワークがある。コーラスは奥深いし、職人技ですよ。そこは私のミュージシャンとしてのキャラクターのひとつなんだと実感しています」。

 m-floや中島美嘉、久保田利伸、AIなど、さまざまなアーティストの作品やライヴでバッキング・ヴォーカルを担当するコーラスの達人――これが有坂美香の持つ〈顔〉のひとつだ。また地元の湘南では「本場で吸収したゴスペルを日本のみんなに生で伝えたい」という思いからゴスペル・クワイアを結成。歌の先生――これもまた彼女の〈顔〉である。

「私がやっているクワイア・ディレクターは指揮者のような立場なんですけど、歌う楽しさを教えるということは自分で天職だなって思うんですよ。私が歌って、それをみんなに譜面に頼らず耳と感覚だけで歌ってもらったり。そうやって体感してきたことを感じてもらって、口移しで歌を伝えていく……〈人に知識を分ける〉という行為は私のなかでとても大切。音楽という形で〈私が生きた証〉を残していきたいんです」。

 もちろん、日本での新たな出会いも彼女の表現/活動の幅を広げる大きなきっかけとなっている。レゲエ、ヒップホップ、ハウス、ソウルなどさまざまなフィールドのアーティストとコラボを行う傍ら、2004年には「〈高い声で優しく歌う〉という私の新境地を引き出してくれた」というReggae Disco Rockersに正式加入。また、2005年には人気TVアニメ「ガンダムSEED Destiny」の第2期エンディング・テーマを歌うなどしてアニメ・ソング界でもその名を広め、その翌年にはアコースティック・トリオ=The Trioを結成。声一本をしっかり聴かせるという切り口から新たな〈声〉の世界観も提示してくれた。

▼有坂美香の作品。

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2008年08月07日 23:00

ソース: 『bounce』 301号(2008/7/25)

文/岡部 徳枝