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インタビュー

有坂美香(2)

音楽は手に取れないけど

 そして2008年、いよいよ初のソロ・アルバム『Aquantum』がお目見えとなった。そこでは、これまでの歩みで形成された「いろんな顔、いろんな声を持っている自分」を集結し、「〈これが有坂美香なんです〉っていうことを提示したかった」と彼女も語っているが、新曲集&過去のコラボ曲集という2枚組の構成で収録された全29曲には、〈有坂美香とは?〉という問いへの回答が十分にパッケージされているように思う。たとえば、スモーキーなジャズ・ヒップホップ“Bebop My Baby”においては「ジャズ・ヴォーカリストという私のルーツを表現するために、ジャズのスタンダード曲のタイトルやフレーズを使っている」というし、カラフルな声色が交差するアフロ・グルーヴ“Children Of The Ocean”は「歌というよりコーラス・ワークを全面に出した」という例の職人技が披露され、ソウルフルな“Sparkle”ではゴスペル調のドラマティックな歌唱も聴くことができる。プロデューサーとして参加したのは、バークリー音楽大学時代からの盟友となるcro-magnonをはじめ、彼女が所属するプロダクション=Jazzy Sportの同胞であるDJ Mitsu the BeatsやTettorry BLK(grooveman SpotとMasaya Fantasista)、さらにはHome GrownのTANCO、Jazztronik、沖野修也ら。いずれも彼女いわく「長年の付き合いがある人ばかり。彼らと出会えたことは私の財産です」というほど密なリンクを重ねてきた面々だけに、各々が知る有坂美香という歌い手の魅力が、各々の方法で見事に引き出された格好だ。また、全曲がほぼ英詞になっている理由については「英語で歌ってきたことが基礎になって音楽を作っているので、まず浮かぶのが英語なんです。だから無理して日本語でやるんじゃなくて、背伸びしないで作ろう、それが私なんだってことを伝えたかった」と話す。それは、まさに有坂美香としての嘘のない表現法であるからして、結果的に〈らしさ〉を感じさせる大きな魅力となっている。

「自然の流れに逆らわないというか、ありのままで……タイトルの『Aquantum』には、私の歌が、聴いた人の心や感性のままに変化して、その人の器にすっぽり入る水のような存在であってほしいという思いが込められているんです。音楽は水のように手に取れないものだし、感動した心も手には取れない。でも、そこを表現するというところで私は歌ってきているんですよね」。

 そして、「ジャンルが何であれ、良いものは良い。グッド・ミュージック、クォリティー・ミュージックという意味で作ったアルバム」という言葉にも納得。無条件に身体が、心が、魂が、〈イイ!〉と反応してしまう音楽。有坂美香の記念すべきファースト・アルバムは、そんなシンプルでいて大きな感動を秘めた逸品なのだ。
▼『Aquantum』に参加したプロデューサーの作品を一部紹介。

▼有坂美香が参加した作品を一部紹介。

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2008年08月07日 23:00

ソース: 『bounce』 301号(2008/7/25)

文/岡部 徳枝