誰よりもスケールの大きい5人の輝かしいキャリアとサウンドの変遷を駆け足で紹介!
ドイツの〈Rock Am Ring〉や〈Wacken Open Air〉、USの〈Family Values Tour〉、そして日本でも行われた〈Taste Of Chaos〉など――これら海外の主要ロック・フェス/ツアー参加の実績は、世界における彼らの存在感を示すほんの一片でしかない。
京(ヴォーカル)、薫(ギター)、Die(ギター)、Toshiya(ベース)、Shinya(ドラムス)で97年に結成されたDIR EN GREYは、デビュー前にして東京・日本武道館公演を敢行、そしてX JAPANのYOSHIKIをプロデューサーに迎えた99年のファースト・アルバム『GAUZE』と同時にシングル3枚を発表するなど、当初から規格外の動きを見せていた。続くインダストリアル・ミュージックへの志向を強めた2作目『MACABRE』、さらに破滅と美の対比を際立たせるピアノの存在が光る『鬼葬』を経て、4作目の『VULGAR』ではついにみずからのスタイルを確立。壮大な名曲“OBSCURE”に顕著な、狂乱するヘヴィーネスのなかでも妖艶なメロディーに力点を置いた日本のバンドならではのオリジナリティーが欧米人気の着火点となり、宿命だったとも言える海外への扉が開く。それを受けてだろうか、次作『Withering to death.』はDIR EN GREY入門編としても最適な、メロディー重視の作品に。また一転してカオティックなアート性を追求した『THE MARROW OF A BONE』を投下すると、日本人アーティストとして初めてUKのメタル誌「Metal Hammer」のアワードで〈Best International Band〉にノミネートされるなど、さらに高い評価を得たのだった。
そんな彼らがサディスティックなまでの獰猛さと独自のアート性を融合したスタイルを、より深遠なレヴェルにまで押し進めた新作『UROBOROS』は、もはやDIR EN GREYという以上にカテゴリーは不可能。世界17か国で発表された本作で、またも賞賛を欲しいままにするのだろう。
▼DIR EN GREYの作品を紹介。
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カテゴリ : インタビューファイル
掲載: 2008年12月04日 06:00
更新: 2008年12月04日 18:28
ソース: 『bounce』 305号(2008/11/25)
文/宮原 亜矢