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インタビュー

大橋トリオ(2)

ほとんどの人が気付かない〈美学〉

 さて、そこでニュー・アルバム『I Got Rhythm?』の話だが、意外なことにコンセプトは〈ダンス〉だと言う。なぜ意外なのかは聴いてみればすぐにわかるだろう。ここにはいわゆるダンス・ミュージック的な要素は皆無。ビートが躍動的に跳ねる曲もなければ、フロア向けにアレンジされたものもないからだ。だが、大橋はそのダンス観についてこう話す。

 「ダンスといっても、そういうクラブっぽい感じじゃなくて、もっとクラシカルなイメージなんです。格好良いダンスじゃなくて、紳士的なダンス。ワルツのようなものからビバップ・ダンスみたいなものとかね。そういう感じをアルバム制作前に思い描いていたところはありました。あと、ライヴをやるようになったので、盛り上がる曲がもっとあるといいなと思うようになったのも大きかったですね。僕のライヴではお客さんがすごく静かなんです(笑)。夏フェスとかに出させてもらって他のバンドの様子とかを観ていると、盛り上がっていていいなあって単純に思って。そこで自分としては今回意識してアップテンポな曲を書いてみたんです。それがアルバムの前半に出ています。まあ後半に従ってミドル~スロウな曲が続いてますけど(笑)、あれも自分のなかではクラシカルな意味での〈ダンス〉なんですよね」。

 誤解されやすいタイプ……かもしれない。クラブ・ミュージックではないにせよ、では具体的にワルツやスウィング・ジャズ的なダンスの要素が今作のなかに出ているかと言えばそこまででもないだろう。もちろん、曲そのもののクォリティーは驚くほど高いし、各パートの音の分離も素晴らしい。言い換えれば、あからさまなパクリ的手法を望まない大橋独自の美学みたいなものが明確に表れた作品、とも言えるはずだ。

 「美学、なんですかね。好きな音楽の要素をそのまんま採り入れることは確かにイヤです。だから誤解を受けるかもしれない。ただ、自分のなかではここにダンスの要素があるんです。タネを明かしてしまえばブラック・ミュージックの要素もあります。例えば、さっき好きな音楽からの影響が音質に出ていると話しましたけど、今回のアルバムに収録されている“VOODOO”のドラムの音、あれはマイケル・ジャクソンの“Billie Jean”のドラムを意識して出しました。たぶんほとんどの人が気付かないと思いますけど(笑)、そういうところに僕の音楽の影響とか趣味が出ているんですよ。ドラムのスネアの音だけ、ギターの音だけとか、いろんな音楽のあっちこっちから採り入れています。だから影響の出方が僕の場合はかなり部分的な引用なんですよね」。

 いかにも良い耳を持ったミュージシャンらしいこだわり。だがそれでも大橋は、例えばマイケル・ジャクソン“Billie Jean”を知らない人でも楽しめる日本人としてのポップ・ミュージックをめざす。全体的には今回のアルバムもジャズやAORの要素が根っこにある、非常に丁寧に作られたシンプルなシティー・ポップ、という印象。シルクハットにタキシード、なのに風貌は長髪と髭、という奇妙な大道芸人風のスタイルで人前に立つも、決してノスタルジックな匂いをほのめかすような真似はしない。音楽マニア然とした姿をひけらかすこともしない。実際は時代性を極端に意識しない洗練された歌モノであり続けようとしている。シニカルなのに開かれたその潔さがこの男の何よりの魅力だろう。

 「ようやくミュージシャンとして歌モノをやっているという自覚が出てきたところはありますね。だから、曲を作っている時がいちばん楽しい。でも歌詞に関しては本当に自分では書けないというか、照れが入ってしまうんです。だから英語詞も日本語詞も他の人に任せています。いつか自分の言葉で歌いたくなる時が来るかどうかはわからないなあ。できれば自分で歌うことさえしたくないと思っていた自分が、いまでは歌うことがおもしろくなってきているくらいだから、まあそういう日が来ないとも言えないですけどね(笑)」。

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2009年11月25日 18:00

更新: 2009年11月25日 18:23

ソース: 『bounce』 316号(2009/11/25)

文/岡村 詩野