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インタビュー

KARL HYDE 『Edgeland』

 

いるべき場所にいて、やるべきことはやった。それでも何かやることがあるのだとしたら――30年超のキャリアにおいて初のソロ・アルバムがいよいよ登場する。『Edgeland』は過去への旅路なのか、それとも……

 

 

イーノを介したボウイとのシンクロ

満を持して、とはまさにこのことだろう。ダンス・ミュージック界の頂点に君臨していることは言うに及ばず、舞台や映画音楽からアートの分野までと着実に活動の幅を広げ、ステップアップしてきたアンダーワールドのカール・ハイド。昨年は相棒のリック・スミスがリーダーシップを取る形ながらも、アンダーワールドとしてロンドン五輪開会式の音楽監督という大役まで務め上げた彼が、2013年、ついにキャリア初のソロ・アルバム『Edgeland』を世に放つ。この作品は、多岐に渡る経験を積むことで芽生えたカールの自信が、みずからをソロでの制作へと突き動かしたことは想像に難くない。しかし、リックと共にかねてから敬愛してきたブライアン・イーノの存在が、彼の意欲をより駆り立てたことも確かなようだ。

「このアルバムを作る大きなきっかけとなったのが、ブライアン・イーノと〈Pure Scenius〉でシドニーのオペラ・ハウスの舞台に立った時だった。大きめのアンサンブルで舞台に立ち、即興で演奏を行うプロジェクトで、僕はその場でメロディーを作り、ノートに書き貯めた言葉を生の観客の前で歌わないといけなかったんだけど、それが凄くおもしろかったんだ」。

アンダーワールドでもヴォーカリストの役割を担ってきたカールではあるが、あくまでもサウンドの主体がリズムにあるということを弁え、ヴォーカルは素材の一部として機能させるようにしてきた。だがイーノが用意した〈Pure Scenius〉というステージを経験したことで、「アップテンポの音楽では観客に語り掛けたり、より私的かつ親密で静かな一対一の繋がりを築くのは難しい。けど僕はその繋がりを築きたい」との思いを意識しはじめ、彼にとってまったく新しい方法での表現に挑戦を試みている。それはかつてイーノと出会ったデヴィッド・ボウイがそうであったように……。

「ブライアンがベルリンで携わったデヴィッド・ボウイの作品にしても、作品を作るためにある場所へ行くという発想はこれまでリックと大事にしてきたものだ。まあ、今回のアルバムで言うと、行ったと言ってもイースト・ロンドンだけどね(笑)。でも独特の雰囲気がある場所だし、住んでててもおもしろい場所だ。すべてが加工されていない感じで最高。僕にとっての〈ベルリン〉になったよ」。

当時、イーノの影響もあり、大胆にもジャーマン・ロックの要素を採り入れて反響を呼んだベルリン3部作(『Low』『"Heroes"』『Lodger』)での実験精神に倣ったわけではなかろうが、イーノとの出会いで変化が起きたこと、子供の頃から興味を惹かれていた〈都会の片隅にある見すごされがちなもの〉という、都市にまつわるテーマが込められたアルバム・コンセプト、奇しくも今回のリリースがボウイの新作とタイミングが重なったことなど、少なからず因縁めいたものを感じずにはいられない。また直接的にイーノの関与こそなかったが、アルバム制作のパートナーに、〈Pure Scenius〉のメンバーとしても活躍するギタリスト=レオ・アブラハムスを起用したことなど、イーノ人脈をフル活用している点も見すごしてはならない。

 

自分は何に惹かれるのか

「レオは多才なミュージシャンでプロデューサーでソングライターというだけでなく、凄く懐の深い優しい人でもある。彼が放つエネルギーは僕にとって大きな励みになったよ。(作品の)イメージはこれといってなかったんだ。レオと2人でぶらっと散歩に出掛けたって感じだった。2人で行き先も決めずに行き当たりばったりの旅をするという経験そのものを味わいたかったんだ」。

一切の決めごともなく自由な環境のもとで70〜80曲を作り上げ、「手を加えなくても曲として完成しているもの」を採用したという『Edgeland』は、インテリジェンスを内包するオーガニックで穏やかなエレクトロニック・スタイルのヴォーカル・アルバムとなった。幽玄なメロディーやシンセと共に物憂げな歌を披露するアンビエントタッチの“Cut Cafe”、優しく語り掛けるような歌唱と柔らかなサウンド・プロダクションが牧歌的に流れる“Angel Cafe”をはじめ、多幸感や祝祭感に満ちたアンダーワールドのアップリフティングなダンス・トラックとは対極に位置する、思慮深い世界観が広がる。その音楽性の変化に驚く人は多いかもしれないが、それ以上に耳を奪われるのが、彼が〈ヴォーカリスト=カール・ハイド〉を伸び伸びと謳歌していることではないだろうか。

「自分の先入観や不安を一つ乗り越えて少し先に進むことができたということ。そして音楽を書くうえで引き出しの数が増えたということ。煮詰まった時の対処法も含めてね。そして自分が惹かれるものは何なのかも自覚することができたんだ」。

〈Pure Scenius〉から今回のソロ・アルバム制作を経験したことにより、アートも含めて自身の進む道が出来上がったという彼は、個人の興味を追求していくと共にアンダーワールドの活動も続け、リック・スミスともこれから数多くの曲を作っていきたいと意気込む。そんな新生カール・ハイドが、ソロ・ライヴの正式なお披露目として臨む4月の〈SonarSound Tokyo〉は、貴重な瞬間となりそうだ。

 

▼関連盤を紹介。

左上から、フルールの86+83年作の2in1『Get Us Out Of Here & Doot-Doot』(Cherry Red)、アンダーワールドの88年作『Underneath The Radar』、同89年作『Change The Weather』(共にSire)、アンダーワールドの2010年作『Barking』(Cooking Vinyl)、カール・ハイド&イーノの楽曲も収めたアンダーワールドのベスト盤『A Collection』(Cooking Vinyl)、ブライアン・イーノの2010年作『Small Craft On A Milk Sea』(Warp)

 

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2013年04月03日 17:58

更新: 2013年04月03日 17:58

ソース: bounce 353号(2013年3月25日発行)

構成・文/青木正之