『POINT』が迎えた新しい響きをめぐって…… 微分されたポップを超えるための考察
『POINT』のことを語る際、まず、指摘しなければならないこと。それは、たとえば携帯電話の進化を考えればあきらかだが――21世紀は間違いなく、高度に洗練された消費文化に支えられているサービスや製品の進化速度が、日々加速している時代であるということ。しかも、その進化は〈こうあってほしい〉という願望に対するかつてのものとは異なり、〈こうあるべきである〉という無言の強制を伴う、まず前進ありき消費ありきのそれであるということ。そして、そんな時代に存在する音楽も進化と無縁では、当然あり得ない。まず、音楽それ自体が〈Back To The Future〉――再発見という発想も含む形態での進化を要求され、そこから生まれる圧倒的な量の〈新しい〉作品は、不可分な作り手の感情はさて置き、それが瞬時に処理できる〈ジャンル〉なる記号で識別される、もしくはわかりやすい記号があらかじめ付加されている。そして、加速に加速を続ける消費、加担する音楽紹介者の図らずして完全なる矛盾……。
Bye Bye 僕のくだらない Bye Bye 空想の旅に
君の大切な時間を使ってくれてサンキュー
軽く手を振って 振りむいた後
過去の景色がフラッシュバックする
(コーネリアス“THANK YOU FOR THE MUSIC”)
みずからのこれまでの歴史を振り返るかのように、4年前にそう言い残してしばし姿を消したコーネリアスが、21世紀最初の年に、ヴォーカル、ギター、ドラム、ベースという極々オーソドックスな楽器を用いて完成させた新作『POINT』で新しい響きを得ているという事実が指し示すものとは何なのだろう?〈古き良きブラジルに帰ろう〉と歌われるカヴァー曲“Brazil”を聴いてみる。かつて映画「未来世紀ブラジル」でフィーチャーされていたこの曲を、ロボット(ヴォイス)が歌う皮肉。不可分な感情の扱いは不得手で、情報処理に長けているのは、人間かそれとも……?そして、作品に通底する水のように滑らかな耳触りと、それでいて、すべての楽器が有機的に絡み合うことで成し得たリズムとメロディーのプログレッシヴな関係性に――ジョアン・ジルベルトが、〈想いあふれて〉で相反するはずのリズムとメロディーをスムースに同居させた――ボサノヴァのノヴァを見る不思議。また、それを〈別の視点〉で眺めたとき、サウンド・エレメンツを削ぎ落とした先でなぜか甦るESGやリキッド・リキッドといったニューウェイヴ・ファンク・グループやその遺伝子を隔世的に受け継いだ嶺川貴子『FUN 9』の静かな衝撃。あるいはハードディスク・レコーディングのエディット、音程/ピッチ補正機能が、たったひとりの手による寸分の狂いもないヴァーチャルなサウンドに感情をにじませてしまった砂原良徳『LOVEBEAT』と同様の矛盾を含んでいること。さらに、冒頭でポ~ンと鳴らされるピアノの単音が意味するであろう無機質なコンピュータの起動音とそれに続く“Bug”の暴走………そして、神田朋樹『landscape of smaller's music』と偶然シンクロしたかのような穏やかな世界を駆け抜けると、自然に存在する音には必ず含まれている倍音がピアノで鳴らされるラストでの謎かけ。それらはバラバラに配置されているようで、そのすべてを結びつけたとき、表層的なサウンドの進化に目を伏せる、無言の意志をあきらかにする。それが、結果としていったいなにを指し示しているのかは、あえてここで述べるつもりはないが、ロックンロールをことさらな主張なくして、色鮮やかに甦らせた3人組の歌の一節を記しておく。
だいたい俺は今3歳なんだけど2歳のときにはもう分かってたね それは単純だけど少
しの目の位置で何にでも見えるってことを
(ゆらゆら帝国“ゆらゆら帝国で考え中”)
ESGの編集盤『A South Bronx Story』(Universal Sound)
リキッド・リキッドの編集盤『Liquid Liquid』(Mo'Wax)
神田朋樹の2000年作『landscape of smaller's music』(クルーエル)
カテゴリ : インタビューファイル
掲載: 2002年05月09日 15:00
更新: 2003年03月07日 17:59
ソース: 『bounce』 226号(2001/10/25)
文/小野田 雄